Hatopia詩とものがたり ♡ 星のイヤリング 1

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ものがたり



星のイヤリング

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第 1 章

マイメの星

 オリオン座第67番星第5惑星の通称マイメは、地球とよく似た星です。少し違うところは、上空の宇宙船の中から見ればわかります。それは、地球のように広い海のなかに大陸や島々が浮かんでいるのではなく、陸地だらけのなかのいたるところに数え切れないほどの大小の湖があり、やわらかなグリーンの生地に不規則に散りばめた透明な深いブルーの水玉模様のように、ここかしこに見えることです。そんな湖が、わたくしたちの可愛い人魚たちの住みかなのです。
 可愛い人魚たち……、そう、この星の人間は、みんな水に住む「人魚」なのです。
 マイメ星人の古い神話物語によれば、やはりこの星でも、人間たちはもともと陸地の上に住んでいたのでした。けれども人びとは、男の国と女の国に分れて、いつも戦争ばかりしていました。2度めの世界的な規模での戦争のときでした。人びとが入り乱れて血を流しあっていたときに、大地の神のウォポナはとうとう怒り狂い、世界中に火の雨を降らせたのです。人びとは戦争を止め、男も女もちりぢりになって近くの湖に飛びこみ、火からのがれようとしましたが、ほとんどの人間たちは焼け死んでしまいました。ウォポナの怒りは千年も続き、生き残ったわずかの人たちだけが、湖の底で暮らすようになったのです。最初は湖のなかでもいがみあっていた人びとでしたが、しだいにうちとけ、だんだん仲よく暮らすようになりました。ウォポナの怒りが鎮んだころ、人びとは岸辺にあがって、焼け死んだ遠い祖先の霊を慰めるために、各地に塔を建てました。アトヤ湖畔の搭には、マイメ古語でこう刻んであります。

 若木の若やる胸の
 みづうみの底つ思いに
 しづむみたまよ

 若木の若やる肌の
 みづみづし このかいなもて
 植えし木々はも

 これは、ウォポナ鎮魂歌といい、塔の建った記念日……つまりウォポナ記念日に、地上の霊たちを祭るときに歌われるものです。
 以来、人びとは、陸地は霊の住みかとし、住み慣れた湖の生活をその後も続けました。ウォポナの怒りがやんでからの千年のあいだ、人びとは、大きな争いもなく、湖間地底運河に代表される今日の文明を築きあげたのでした。
 湖の底で暮らし始めてまもなく、マイメ星人は、口から水を吸って息をするようになりました。何十年か過ぎると、すっかり水の生活に慣れ、男も女も肌がすべすべになり、水のように透きとおるような肌の人も現われました。そして何百年かが過ぎるころから、女性たちは、足にひれがつきはじめ、腰から下が魚のように変化して行くことに気づきました。まるで人魚の姿になったのです。そして泳ぐことにかけては男性たちよりも得意になり、水面まで行って顔を出しては星の数をかぞえ、毎日の占いをするようになりました。男性たちも、透き通るような肌になり、波に揺らめく乳房(ちぶさ)もふくらみ、ほとんど古い時代の女性のようなからだつきになりました。けれど二本の足は残っています。服装は、普通、男も女も、胸当てにペチコートのようなロングスカートですから、スカートの足もとを見ないかぎりは、男女を区別することはできないかもしれません。
 男性たちは、靴ををはいて湖の底を歩き回り、珍しい石や貝がらや真珠を拾ってきては、細工をほどこし、道具や飾りを作りました。人びとには、子どものころからそういう習性が身につくようになっていました。こうして静かに平和な時を過ごしてきたことを、人びとは、自分たちの誇りとするようになったのです。
 なおマイメ星人の服装については、他に、男女とも、ショールやガウンなどのバリエーションがあります。アクセサリーもさまざまです。男女のちがいはといえば、イヤリングだけで、男は真珠、女は半透明の石細工と決まっています。ブレスレットなどは、一族によっては、デザインや色を統一するばあいもあります。少年のばあいは、ミニスカートがあります。

トンボごっこの少年(コロニンとサワカ)

 さてアジョロ諸湖の東のはずれのアトヤ湖のアマヂ区立アマヂ南小学校六年生のコロニンも、石や貝がらや真珠を集めたりして、アクセサリーを作るのが大好きな少年です。
 コロニンの今一番好きなスカートは、ギャザーが三段に入った珊瑚色のミニスカートで、ウエストは後ろでリボン結び……、もとは家のばあやの少女時代のお下がりですが、スカートの裾のところどころに真珠が二つずつ、さくらんぼのように下がっているのは、自分で作ったものです。靴も自分で珊瑚をはりつけたハイヒールです。土曜の午後はこんなお気にいりのいでたちで出かけては、珍しい石を見つけると、ちょっと乱暴ですが、このハイヒールのかかとでエイっと石を砕き、毬藻の葉で大事に包んで、家にもって帰ります。途中、道草をくっては、魚たちと歌を歌ったり、おしゃべりのひとときを過ごすのも、楽しいものです。

  (石拾いの歌)
 小山の上の白石は
 足でひきひき割れやすく
 きみとぼくとの手のひらに
 白い傷あとつけたとさ

 幼なじみの同級生のサワカと出かけたときは、岩場からトンボごっこをして楽しんでから帰ります。トンボとは、地上に飛んでいる昆虫のトンボのことで、トンボごっことはイカの背骨で羽根の枠を作り、海草の繊維をからませたものを背中に結わえつけて、岩場からグライダーのように滑空します。適当な高い岩場のことを「しま」といいます。着陸したらそのままの向きでしゃがみこみ、相手に自分のまうしろに着陸されたら負けになります。着陸する直前にからだをひねったりして、相手にうしろに回りこめないようにうまく向きを変えるのが、敗けないためのコツです。コロニンは、石拾いではサワカに負けませんが、トンボごっこは苦手です。サワカは学校でもいちばんのトンボごっこの名人で、なかなか負けません。

  (トンボごっこの歌)
 水色めがねで飛んで来て
 とんとん肩をたたいたら
 メガネに映った君の髪

 今日の帰りも、何回めかの滑空でサワカが勝ちました。トンボごっこに勝つと、サワカはいつもうしろからコロニンの背なかに抱きついて、大はしゃぎをするのです。けれど今日はすこしサワカのようすが違っています。なんだかうれしそうではないみたいなのです。そして彼はいたずらっぽい目で、突然こういいました。
 ──ねえ、コロニン。今夜、わたしの家に遊びに来てよ。面白いものを見せてあげるから。
 ──うん、行く。でも、面白いものってなあに?
 ──そのときまでのお楽しみ。じゃあ、八時ごろ迎えに行くから家で待っててね。
 そういってサワカは手をふりながら、さきに家に帰ってしまいました。二人の家は小さな丘を隔てただけの隣の家なんだから、途中まで一緒に帰ってくれればいいのにと思いましたが、なにか準備でもあるのでしょう。コロニンとサワカは家が近いこともあり、小さいころからの大の仲良しです。二人の家を行き来してゲームをしたりしてよく遊びます。コロニンは、お気にいりの真珠や石を見せて自慢したりしますし、サワカはサワカで湖の水面付近で釣ってきた昆虫の標本を見せながら、釣ったときのようすや、道具の工夫について、自慢げに話します。水面上の昆虫などを獲ることを、水中の国では「釣り」といいます。
 きっとまたなにかめずらしい昆虫でも見せてくれるのだろうと、いろいろ想像しながら、コロニンは家路を急いだのでした。

ポピポばあやの子守唄

 コロニンが家へ帰ると、玄関のまえで、ばあやがやさしく耳たぶにキスをして迎えてくれます。そのときコロニンの真珠のイヤリングが、少し揺れます。ばあやといっても、年寄りではありません。ポピポという名の、まだ二十三歳でこのアトヤの町ではちょっと見られない美人です。コロニンもお返しのキスをします。やっぱり耳たぶです。ばあやのイヤリングはマリンブルーの星型の埋めこみです。コロニンにキスを返されると、ばあやはいつも足もとのひれを少し振って、くすぐったそうに微笑みます。その顔を見るたびにコロニンは、なぜか泣きたいような懐かしい気持ちになってしまうのです。
 コロニンは生まれてすぐに実の母の(いもうと)であるポピポの家に引き取られました。そのころのポピポは、まだハイスクールに入学したばかりの十二歳のお下げ髪の少女で、彼女のおじいちゃんと二人ぐらしでした。二人してこの新しい小さな家族の誕生をお祝いしたのですが、半年後に突然おじいちゃんををなくしてからというもの、悲しみをのりこえ、小さいコロニンを一人で育ててくれたのはポピポでした。赤ちゃんや子どもを育てる女性のことを、この星の人は「ばあや」と呼びます。コロニンは、今でもポピポばあやの子守唄を覚えています。

 ねんねん眠りの国の子は ばあやの里の柿の葉の
 色づくころまでねんねんよ
 おまえに残した柿の実を カラスがつつくこともあろ
 柿の実痛かろ泣きたかろ ばあやは眠れずかなしかろ

 たそがれどきになると、少女のポピポはいつもこんな歌を歌ってコロニンを寝つかせ、夜間のハイスクールへ通って行きました。十二時までには帰ってきて、コロニンにミルクを与え、こんどは隣のベッドに一緒に寝ます。まだバストの小さかった少女の彼女は、お乳が出ませんでしたから、粉ミルクを与えました。夜中にミルクを切らしたときに、コロニンを背中におぶったまま町中の店を泳ぎ歩いて、やっとあいている店をさがしたときの苦労話など、コロニンも聞かされたことがあります。そして朝起きれば忙しい家事に追われます。
 丘の向かいの家のオカナさんも、何かと少女のポピポを手助けしてくれました。オカナさんは、サワカ少年のばあやで、ポピポより六歳年上の美人でした。実は去年、若くしてなくなったため、今はサワカはおじいちゃんと二人暮らしなのです。オカナばあやが亡くなったとき、サワカ少年はとても悲しんで毎日泣いてばかりいたのですが、コロニンと遊ぶときだけは少し元気になったのです。家にもよく招いて、今ではサワカはポピポを新しいばあやのように慕っています。オカナばあやの棺を地上へ上げるとき、コロニンは自分のもっていた貝殻をぜんぶ棺の中に入れて送ってあげました。透きとおった棺の中で、貝に交じりあったオカナさんのからだは、この世のものとは思えない美しさだったことをコロニンはおぼえています。
 ──今日、サワカがちょっと元気がなかったのは、オカナばあやのことを思いだしたのかしら。
 コロニンはそう思いました。

 さて、おじいちゃんが亡くなったあとのポピポとコロニンの暮らしも、決して楽ではありませんでしたが、おじいちゃんの遺した古道具を売ったりして、なんとかポピポも、夜間のハイスクールをきちんと卒業できました。卒業後も夜間の勤務を選び、アトヤ市の占星局に勤めるOLになったのです。
 ポピポの星占いは、さすがに専門家だけあって、よく当たります。今日だって、コバルト色の奥が水色に透き通っている石のありかがわかったのは、ポピポの占いに出ていたからなのです。拾った石や真珠のことや、今日出あった魚たちのことを話しながら、ばあやと過ごすひとときは、コロニンにとってとても楽しいひとときです。コロニンのスカートの裾の真珠の飾りを餌とまちがえてつついた魚の話に、足ひれのリボンを振って笑いころげるポピポ。ポピポがおじいちゃんから教わったという昔話を、目を輝かせて聞くコロニン。
 ……その昔話の一つを紹介しましょう。

カルルの小屋

 それは遠い昔、空に火の雨が降っていたころの悲しく不思議な出来事。湖の人里はなれたはずれの岩場の上の小屋に、カルルという肌のきれいな少年が、一人ぽっちで暮らしておりました。一人ぽっちでも、魚たちとおしゃべりしたり、毬藻をとったり、石をひろったりして、楽しく暮らしていました。しかしある日のこと、まだ夜も明けないころ、強い火柱が湖の天井を突き抜けて、湖底のカルルの小屋を襲ったのです。ベッドにいたカルルは、眠ったまま何も思わず死んでしまいました。けれども死んだカルルのからだは、不思議なことに、やけどひとつなく、はだかのままの肌はますます透き通るかのように、マリンブルーの湖底の景色を映しながら、静かに天国にのぼっていったのです。仲良しの魚たちは、別れを悲しみ、カルルの腰から下にむらがりました。するとカルルのからだは、腰から下が魚の少女の姿に見えましたから、天国の神様はカルルに気づかず、カルルを迎え入れることができません。天国にも行けないカルルの死に顔から、涙が出ました。泣き続けたその涙は、真珠になって今でも湖の底に散らばっています。ようやく神様がカルルに気づいたときは、もう天国の向かえ入れの期限は過ぎていました。しかたなく神様は、カルルと魚たちのからだを一つにし、腰から下が魚の少女の姿にして生き返らせました。生まれ変わった少女のカルルはしばらくどこかで暮らしていましたが、その後のことはわかりません。ただ、そのころから空の上の火の雨はやんでしまったということです。……

女王さまのイヤリング

 ──ねえ、ばあや。今日、真珠を拾ったの。これもカルルの涙かしら
 ──きっとそうね。カルルの涙は空へも舞い上って、星になったっといういいつたえもあるわ
 ──男の子が真珠のイヤリングをしたり、女の子が星形のイヤリングをするは、カルルの思い出のためなのね。けど、アトヤ湖の女王さまのイヤリングは、本物の星だっていうのは、ほんとなの?
 ──きっと最高のイヤリングよ。いつか占星局のお仕事でお褒めのことばをいただいたときに、ちらっと見えたの。それだけで、吸いこまれるような思いだったもの。
 ──今日つけてるイヤリングが、そのときにいただいたものなのね……
 ポピポばあやは、目を閉じて歌いました。

  (星のイヤリング1)
 千の声を聞くという
 誉れも高き女王の
 御耳の秘密(ひみつ)のイヤリング
 千の人を愛すという

 ──ねえ、ばあや。……
 ──なあに?
 ──来月からわたしもハイスクールの男子の寄宿舎住まいになるから、お別れに素敵なプレゼントを用意するわ。二年間は逢えなくなるもの
 ──ありがとう、コロニン。うれしいわ。でも寄宿舎住まいも二年で終わりよ。二年なんてすぐだわ。だけど、コロニン。二年のあいだに、あなたはずいぶん成長しているでしょうね。背丈なんかも、あたしより大きくなって……。
 だれもが一度は経験しなければならないこととはいえ、ポピポも別れは不安でした。男子寄宿舎の奇妙な風習。とくに上級生たちの制服のズボンは、なじみのないせいか、ポピポは好きではありませんでした。
 ──ハイスクールが終わったら、ばあやと結婚するわ。
 突然のコロニンのことばに、ポピポはことばにつまりました。
 ── ……そんな古めかしいこと、いわなくていいのよ。
 この星では、男の子は、赤ちゃんのころから面倒をみたばあやと結婚する習慣がありました。というのも、昔は、父と母は、男の国と女の国に別れて戦争をしていたからです。どちらの国でもない特別区で、赤ちゃんたちは少女たちによって育てられ、二人の心の結びつきによって結婚したのです。戦争はなくなり、悲しい思い出も忘れられましたが、今でも結婚の習慣だけはのこっているのです。一番目の男子は、俗に「一番星」ともいって、占星局などの仕事を経験した女性なら最良の縁ともされていました。しかし百年くらいまえから、青年たちはもっと自由な恋愛を主張し始め、それが認められるようになってはいたのです。
 とはいえ、コロニンのこの言葉は、ポピポにとってうれしくないはずがありません。家計を支え、幼い子どもの世話に、青春時代を過ごしてきたポピポ。遠い昔のおとぎ話のような心の通った二人の生活に、ポピポ自身もいつしかそうなればという予感を感じていました。けれども、コロニンには現代っ子らしい青春を謳歌してほしい気もあります。すべてはハイスクールを終えたときのコロニンが決めることです。
 ──もうそろそろお出かけの時間だわ。ごめんなさい、コロニン。お話の続きはあしたにしてね。
 壁ぎわのおじいちゃんの形見の古時計は、もう六時半をさしています。ポピポの占星局のおしごとは、星の観測が多いため、いつも夜なのでした。
 ポピポは立ち上がって、三面鏡のまえにすわり、少しお化粧をなおします。コロニンはポピポのたんすから水色のショールを出して、両手の手のひらにのせたまま、三面鏡をのぞきこむように、ポピポの後ろに立ちました。
 ポピポの後ろ姿は、ロングヘアーで背中から腰までがすっかり隠れてしまいます。今日のポピポは水色のロングスカート、三面鏡に写ったブラ(胸当て)も水色です。ロングヘアーをたくしあげると、白いうなじは、コロニンがよくおんぶされたころと変わらぬ細さで、ネックレスはマリンブルーの石細工。同じ石のブレスレットも、もちろんみんなコロニンの自作のプレゼントです。
 ──ばあやったら──ポピポの背中からショールをかけようとしたコロニンが言いました。
 ──ブラの背中のホックの位置ががずれているわ。きっと、笑いこけすぎよ。
 するとポピポはまた笑いだしたので、ホックをなおそうとしたコロニンの細い指さきからホックがはずれ、ブラは腰かけたポピポのひざの上に落ちました。
 ポピポの白いバストが、三面鏡に写ってしまいました。ポピポはあわてて左手を横にして胸を隠し、右手でブラを拾いあげ、すぐに両手でバストにあてました。
 それっきりコロニンはしばらく黙りこんでしまったので、ポピポは自分で背中のホックをとめ、コロニンが三面鏡のわきに置いたショールを、肩にかけました。
 ──どうしたの? コロニン
 ──なんだか、足がくっついたみたいで動かないの。このまま足にひれが生えたら女の子になってしまいそう。でも女の子になってもばあやと結婚するわ
 ──おかしなコロニンね。ひれなんか生えてないわよ。もう出かけるわ
 ──行ってらっしゃい、ばあや
 ──おやすみなさい、コロニン
 耳たぶにお別れのキスをしあいました。ポピポは、いつものようにくすぐったそうに微笑んで足もとのひれを少し振って、出かけて行きました。 (第1章おわり)