手塚治虫のアンドロギュノスたち3

手塚治虫のマンガ作品には、男の子と女の子が入れ替ったりするお話が、
たくさんあります。そんな作品を楽しんでゆくコーナーです。(2003.4.29)
その3 青年・成人向の作品から

[1]少年マンガ1 +目次

[2]少年マンガ2

[3]青年向作品

 『人間ども集まれ 1967〜68年

 ベトナム戦争が激しかったころの作品で、成人向では初の長編。
 東南アジアのある国へ侵攻した米日韓連合軍が激しい戦闘をくりひろげる中から、一人の日本人の脱走兵があった。名は天下太平。逮捕された彼は収容所に入れられ、ある生体実験に利用されることになった。彼の採取された精子は二つの尾をもつ奇形のもので、人工授精から生まれた子は男でも女でもない無性人間であることがわかった。
 和平の訪れとともに、この秘密も葬り去られるかと思われたが、冷凍保存された精子がある男によって持ち出され、数年後には大量の無性人間が生産・売買されることになった。無性人間は、男でも女でもないが、見かけ上は男でも女でもあり、軍隊やさまざまな職種に利用され、無性人間たちの悲喜こもごものドラマが展開する。無性人間第一号つまり天下太平の長子である未来(みき)という子は、女性の姿でもなまめかしく美しいが(左の絵)、凛々しくも無性人間たちの軍隊による反乱のリーダーとなり、物語はクライマックスへ進む。
 性とは何かという一つのテーマを追った読み応えのある長編です。
 結末は無性人間の反乱の勝利に終るのですが、全集版などでは、全人類が去勢手術をうけさせられ、性そのものがこの世からなくなります。この問題の解決の難しさを意味するのでしょうか。
 ところが雑誌連載時の結末では、無性人間が有性化手術を受けてどちらかの性を獲得し、同時に平等の人権も獲得するというものでした。性に悩む若い人には好ましい結論かもしれません。文学をはじめ人類の文明は男女があってこそここまで栄えたのだからといった意味の作者の説明もありました。こちらの復刻版も1999年に実業之日本社から出版されています。

 『おそすぎるアイツ 1968年短編

 ある貧しい青年が、長崎県の佐世保に寄港中の米軍の原子力潜水艦を爆破しようと綿密な計画をたてた。女装(じよそう)姿で佐世保に現われた彼の前には、計画になかった予期せぬことが次々に起こる。(全集『サスピション』に収録)

 『アイ・エル 1969〜70年

 アイ・エルは別の女性の姿に変身できる能力をもつ女性で、このへんはやや、おとぎ話的なところもあるのですが、別の女性の身代りになったりすることによって、現代の女性をめぐる悩みや不幸を解決してゆくという青年向け短編シリーズです。
 第9話「栄光の掟」では、奈良県あたりの古代豪族の子孫である一族が、特殊な信仰や掟を守り続けているために子孫ができず、アイ・エルの力でも解決できませんでした。アイ・エルは、その子孫である男性の性格を変えてやれば普通の結婚ができだろうと、父(?)のような「魔の精」に相談するのですが、「魔の精」は、その男性をセックスチェンジして女性にしてしまったほうが確実に子孫が残るだろうといいます。日本だけでなく古代の司祭者はどこでも女装(じよそう)する男性であることが多いことを思えば、理に適っているといえなくもありませんが……。ラストシーンは彼は女性となっていて、赤ちゃんを抱いて夫婦でお宮参りする姿です。今後の彼女は巫女として古代の神にお仕えするのでしょう。
 第6話「身の代金」では男装する女子学生も登場します。

 『刑事もどき 1973年短編

 刑事と、そのアパートに妙な縁で居候することになった詐欺師との二人が、コンビで事件を解決してゆく話。詐欺師の男は小柄で、和服姿で家事をこなし、ホモのようにも見えます。
 ある沼での溺死と見せかけた殺人事件では、頭が男でからだが女の裸の人影を見たという目撃証言が決め手となりました。芝居小屋で使われた女性の裸体の肉じゅばんを借りて、それを刑事が着て沼に入り、現場検証を行う場面もあります。
 その肉じゅばんは、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に出てくる森のニンフの役で使われたものです。「真夏の夜の夢」には、妖精のいたづらでボトムという男がロバの頭に変えられてしまう場面もあります(collageのページ参照)。ホモのような男はシェイクスピアにも詳しいようです。(全集『ショートアラベスク』収録)

 『ステレオタイプ 1973年短編

 ボーイッシュな人気女性歌手と顔がそっくりの青年が、その歌手にまちがえられたり、暴力団の騒動に巻き込まれたりの珍騒動をくりかえします。青年が女性歌手の代役でステージで歌まねするシーンもあるのですが、あまり胸がときめくようなものではないようです。(全集『アイ・エル2』収録)

 『アラバスター


 作者自身は失敗作としていますが、美しさとは何かといった問いかけがあり、復讐物語もからんできます。

 鏡の前で「ぼくは美しい」とつぶやいて陶酔する青年ロックのシーンがよく引きあいに出されます。ロックはここでは米国のFBIの捜査官で、復讐者から見た敵であるということが『バンパイヤ』のときとは違うのですが、偏執狂的な性格と女装(じよそう)好みは変らず、女装姿ないし半女装姿での何十ページにもわたるアクションシーンが記憶に残ります。

 『地球を呑む 1968〜69年

 絶世の美女ゼフィルスと七人の娘たちにより、世界の男性たちへの復讐計画が立てられ、どんな醜女も画一的な美女になれる人工皮膚の大ブームとなりました。人工皮膚は男性型もあり、自分を捨てたかつての恋人に復讐する女性が男性を装う場面もあります。