手塚治虫のアンドロギュノスたち1

手塚治虫のマンガ作品には、男の子と女の子が入れ替ったりするお話が、
たくさんあります。そんな作品を楽しんでゆくコーナーです。(2003.4.7 - 4.30)
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(画像はすべて講談社版手塚治虫全集からの引用です。長編漫画の評論や随想では数コマ
程度の引用は、文芸評論で小説から数行引用するのと同様の「引用」であるとするのが普通
です。手塚作品に興味をもたれたかたは各社の出版物をぜひ購入してお読みください。)

[1]少年マンガ1(このページ) どろろ 光 ★キャプテンKen 鉄腕アトム(青騎士) ★ザ・クレーター

[2]少年マンガ2  ケン1探偵長 ★バンパイヤ ★リボンの騎士

[3]青年向作品  ★人間ども集まれ おそすぎるアイツ アイ・エル 刑事もどき ステレオタイプ アラバスター 地球を呑む
   [予定] ★メトロポリス ★ふしぎ旅行記 双生児殺人事件 ほか
どろろ

 『どろろ』 1967〜68

 戦国時代、ある武士が、自分の野望のために四十八匹の妖怪と契約し、そのために、生まれた子どもは肉体の四十八の部分を失った不具の姿でした。その子が百鬼丸です。彼は、生まれてすぐに、たらい船で流されて捨てられました。そして幼いころから放浪をつづけ、一匹の妖怪を退治するごとに、失ったからだの一部分を取り戻して成長してゆくというストーリーは、とても人間的で象徴的なドラマになっています。
 百鬼丸の試練は、父の犯した罪への贖罪の旅なのだともいえます。
 百鬼丸を「あにき」と呼んで慕う少年がどろろです。どろろは戦国の戦災孤児で、時には小さな可愛い盗賊にもなって、たくましく生きて来ました。どろろ百鬼丸が農民の少女を助けたときに焼餅を焼いたこともあるどろろは、本当は女の子だったことは、物語の最後の場面で明らかになります。女の子が男の子の姿をしていたことになります。
 けれど、読者の側からすると、それはそれほど突拍子もないことではないんです。まして男の子だと信じてきたのに作者に裏切られたなんていうものでもありません。それが、百鬼丸の成長にみあった、どろろの成長の姿なんだと、素直に受けとめることができるのです。
 女の子で生まれて男の子として育ったことよりも、男の子としての成長の結末が美しい娘でありうることに、心を動かされます。戦国の世に男性的な視点からだけでは、平和は訪れないだろうというのが、作者のみかたなのかもしれません。
 そして少年の成長のドラマには、必ず「別れ」が訪れます。

 『 1959

光  少年探偵の光とペン公のコンビが、百鬼丸とどろろを思わせる、戦争の焼け跡も残っていた50年代の作品。浮浪児のペン公が女の子であることは、かなり最初から読者に知らされます。ペン公はメイドに変装したり、セーラー服を着たりで、あちこちに忍び込んだりして、光の活躍を助けます。
 光の前髪もどことなく百鬼丸に似ています。ペン公が女の子のかっこうをするときは、脚の線がとても奇麗なんです。肩のこらない娯楽作品というべきでしょうか。(講談社版全集『ジェット・キング』に収録)
ケン

 『キャプテンKen  1960-61

 60年代初めの作品で、火星を舞台にしたSF物ですが、アメリカ西部劇を擬した開拓物語でもあります。火星の風景はサボテンの立ち並ぶ西部の荒野さながらで、火星開拓民の家族・星野家の人々と、さすらいのガンマンふうのKen少年との交流を中心に話が展開します。
 Ken少年が最初にこの町に現われたころ、この星野家に親戚筋から水上ケンという少女が預けられてきます。少女ケンとKenとは、なぜか顔もうり二つで、二人は同一人物ではないかとか、いや別人だとか、はらはらドキドキしながら前半のストーリーが続きます。
 少女ケンが立ち去った方向から馬に乗ったKenが現われたり、二人が手の同じところを怪我していたりとか、思わせぶりなシーンも多くあります。こうしたヒーロー・ヒロインの素性に関してのハラハラ・ドキドキは、昔なつかしい香りのものです。星野マモル少年とKenとのライバル関係も、単なるライバル関係だけではありません。
ケン  勝手な希望としては、Kenとケンが同一人物ではないかという謎は、物語の最後まで引っ張ってほしかったことなんですが、それはともかく、物語の後半はインディアンに擬せられた火星人との戦いといった社会性のある筋立になっています。ラストシーンは非常にSF的なものなのですが、読む楽しみが半減するといけないので紹介しないことにします。

 『鉄腕アトム (青騎士の巻 65年)

鉄腕アトム  アトムの読者なら、ロボット法というのを知っています。「ロボットは人間のために生まれてきた」、「ロボットは人を傷つけたり殺したりしてはいけない」、こんなことが書かれます。ところが「青騎士の巻」では、こんな条文も出てきます。
 「男のロボット、女のロボットはたがいに入れかわってはいけない」
 これは人間の法律にもないような性転換の禁止条項です。手塚作品では60年代ごろまでイスラエルの建国が一方的に美化されていたりもしますので、これも作品の描かれた時代の制約と見ることもできます。しかし本当のところはおそらく、ロボット法に異議をとなえて反乱をおこした青騎士というロボットの性格を際だたせるために、この巻で付け加えられたように思います。つまり青騎士は男にも女にも入れかわるロボットなのです。
 青騎士は、最初は美しい妹と小さい弟の三人兄弟のロボットとして誕生しました。しかしロボットを憎む人間(ブルグ伯爵)によって妹と弟を破壊され、それを悲しんだ生みの親のロッス博士が、壊れた部品を拾い集め、三体のからだを一つにし、女性の姿にも少年の姿にも変身できるロボットとして再生されたのです。
 青騎士は妙な姿になった自分のからだを嫌いながらも、妹や弟を失った悲しみをからだに内在させ、人間たちへの反抗ののろしをあげました。そしてアトムの立場はどっちにも揺れ動き、ロッス博士をかばって破壊されてしまいます。
 アトムはこれ以前にはロボットと人間のどんなトラブルがあっても、最終的には人間の側についたのです。しかし、ここでそうしなかったのは、手塚治虫という人が、アトムは少女でもあるという強い意識があるためなのでしょう。少女でもあるので青騎士と同じなのです。
 SFの歴史からいっても、アンドロイドは常に両性具有であったようです。「鉄腕アトムは幻想上の美少年であり、それは稲垣足穂のいうがごとく、最もハードな美少女以上に美少女である美少年、最も可憐な、美少年以上に美少年である美少女との見事な結合である。」天野哲夫『女神のストッキング』(工作舎1981)

 『ザ・クレーター 69年

「オクチンの奇怪な体験」 目的を決めて貯金をしている少年の前に、謎の男が現われ、30日間だけ一人の少女を預ってほしいといいます。ところがその少女は、からだのない霊魂だけの存在で、少年のからだに住みつくことになってしまったのです。少年には二つの心が宿り、姿は少年のままですが、生活の半分は少女のような言葉やふるまいで過ごすことになりました。やがて二人には心だけの交流がめばえます。約束の30日となり、少女の霊は少年のからだを離れ、複雑な感情のまま二人は別れました。少年は謎の男から少女を預った報酬を手にし、貯金の目標額を達成しましたが、その使い道に関して再び少女と意外なかたちの再会をすることになるのです。……
 思春期の少年の心理の一瞬をとらえたとてもいい短編で、大林宣彦監督が好みそうなテーマですが、少女の姿は最後の一枚の写真でしか現われないので、映画化は無理と思います。

「風穴」 共同生活をする親友どうしの二人の少年レーサーがいました。一人は等身大の少女のマネキン人形を御守りのように肌身離さず行動していたので、一方の少年Sはこれを快く思わないようになりました。二人が富士の風穴を見に行ったときも人形が一緒で、二人は仲たがいをしてしまって、誤って人形を深い穴に落としてしまいました。けれど風穴の中で遭難しそうになり、ともに助け合い、少年はSに抱きかかえられるようにして脱出できたのでしたが、実は少年に寄り添っていた人影は、Sではなく少女の人形だったのです。……
 異性装ではありませんが、親友Sと少女の人形が心理的に重なっている点で味わい深い作品です。少年にとって親友Sが少女の姿だったのか、少年こそ少女自身でSと親しかったのか。また、穴に落ちたのが人形ではなく本当は親友Sだったとすると怖い話でもあります。
「三人の侵略者」 脱獄囚が老婆や少女に変装する話。