大島弓子のマンガに、第2次大戦中に徴兵から逃れるために女装(じよそう)の姿で片田舎でひっそりと暮らす青年の話があったのを憶えています。もしまた朝鮮半島とかで戦争がおこったら、あたしもそうするだろうと本気で思うことがあります。
 あたしはもう徴兵にとられるような年齢ではありませんし、若かったとしても合格するような体力はありません。けれど、あたしがふだん男装で生活することを選んだのは、家族や親戚やこれまで縁のあった人たちとの関係を大切に思ったから決めたことなのです。もしそういった人たち全員が戦争バンザイみたいなことを言い出したら、あたしが男装を選んだ意味はなくなります。そのときあたしは初めて自分自身のためだけに女性装だけの生活を選ぶことになるだろうと思うんです。
けれど、今回のイラク戦争のように、戦争がおこってもすぐに終ってしまうんだろうなとも思います<※追記参照>。ひと月ほど口をつぐんでいれば、すぐに終ってしまって、一部に被害を受ける地域はあっても、あとは何もなかったような元の生活にもどってしまうような……。ああ、それならいっそのこと、世の中が本当の泥沼に落ちこむような戦争になってくれたら……なんて思ってはいけないんでしょうけど、そんな不安をおぼえる最近の御時世ですよね。
 ただ、あたしがこれだけはいいたいのは、日本人には家族や親戚縁者のために自分自身を規制して男装生活している人が、ものすごく多いと思うんです。欧米にくらべて性同一性障害に対して無理解で遅れた社会などということはなかったと思ってます。東洋的といってもいい自己規制の中に女性と男性の二つの心を見つめてきた人たちがたくさんいて、そんな人にあたしも愛されたいなあ……なんて。
 ただ、そのような自己規制は、東洋の一部の国だけのことで、しかも明治以降の限られた時代だけのことなのかもしれません。あたしはそんな時代の中で半生を過ごしてきましたが、みんなが無理に自己規制しなくてもよい時代もくるのかもしれません。(2003/5)

 七月七日に…
 さて、大島弓子のマンガを本棚から出してもう一度読んでみました。『七月七日に…』という題名の短編で、青年は、徴兵から逃れるために、女性として、故人となった知人の娘とともに暮らしていたことになります。彼または彼女は、父母を失った少女の母親となり、ごく普通の母子として片田舎で数年間を暮らしました。そんな母子の愛につつまれた生活が、少女の視点からの懐かしくみづみづしい回想として語られます。母は、少女の成長を見届けた時点で、再びの召集令状に応じ、そのまま帰らぬ人となったという話です。(2003/5/14)

 七月七日といえば七夕。写真は、一番星を見つけて……。車のライトが下から当たってるみたいです。ちなみに鳩子のHPのURLは、ミルキーウェイ・ベガ通り。ベガとは東洋では織女星のことです。

※追記 これを書いた2003年5月ごろは、イラク戦争は短期間で終結したという報道ばかりでした。しかしその後、国内での武力衝突などが目立って激化して、戦争は終結していないという報道も多くなりました。(2004/2)

Hatopia