• 『稚児之草子』(稚児之草紙)は巻末に、鎌倉時代末期の元享元年(1321)に写したと書かれ、それ以前から存在したものと思われます。
  • 別冊太陽の印刷画像から判読してテキストを作成しました。そして足穂版男色大鑑付録の巻物で細部を再確認しました。
  • その後、判読不明部分の一部を、『稲垣足穂大全3』を参考に訂正。同書と大きく読み方の異なる部分は注の★印で示しました。(2012年9月)
  • 詳細は、稚児之草子の読み方についてを御覧下さい。

とりあえず、文字だけで読んでみましょう(^o^)

稚児之草子 第一段

 仁和寺の開田の程にや、世におぼえいみじく聞え給ふ貴僧おはしけり。御歳たけけるままに、三密の行法の薫修つもりて、験徳並びなくおはしけれども、猶もこの事(1)をすて給はざりけり。
 童多く侍る中に、ことになつかしく(2)御添ひ臥しにまゐるは一人ぞありける。貴も賎もさかりすぎたる御身になれば、はかばかしく(3)このわざも心にかなはぬ事なれば、御心ははやれども、つき地にじんどう(4)の風情にて、ただやまかたをこする(5)ばかりの箭いろにてぞ、ゐる事は思ひよらずしてぞありける。
 此童、本意なき(6)ことに思ひければ、夜々したためて(7)、まづ中太と云ふ めのと子(8)の男を呼びて、ものをばはせさせて(9)、せられつつのちには、大きらかなるはりがた(10)と云物をもちて、つかせて、丁子(11)などをすりて、尻の中へ入れさせけり。この男、心に入て、かく宮仕ければ、まらおいて(12)たへがたきままに、せづり(13)をぞかきける。
 火ををこしてあふりしたためてぞまいりける。老の眠はもとより、はやくさむる事なれば、つれづれにおはするままに、この童を毎夜にまかせ(14)給けり。
 かやうにしたためおほせければ、すこしもとどこほりもなく入けり。か様に心に入てする児も有がたくこそ侍らめ。

【図1】(童と中太)
(15)(童)、これにかぎるべきことならばこそ、
よふけなば、御よるにならぬさきに、まいらんするに、
いまは、ひるこそ思ひあたらめ。
心みじかき(16)物かな。さてゝゝ つきにて つけ。
 中太
一(中太)、かやうに毎夜の奉公のしるしに、ときどきは
心のゆくほどもせさせたまはばこそ、いよいよたのみまいと候むすれ。
あまりに思ひやりのおはしまし候はぬこそ、たのもしからず候へ。
このたびばかりは心のゆくほど、し候はん。
【図2】(張形を使う)
二(童)、さらば、いまちと ふかくつき入て、さてあらん。
一(中太)、あはれせむなきことにて候ものかな。これならぬ奉公も候ものを。
ゆゆしく、まらのおい候て、たへがたく候ままに、
せつりを夜ごとにかき候へば、まらのこし、かよはくなり候て、
こもちに(17) にくまれ候に。

【図3】(筆を使う)
 中太
一(中太)、いまはさて候はん。ゆゆしく、かうばしく(18) おはしまし候ぞ。
しう(19)ながらもさもむつかしき御しりかな。
いみじき(20)御恩こそ候はざらめ。
ことゆき候はんまで まらを出入せさせ候はばや。
一(童)、その丁子を筆にたふたふとそめて、五寸ばかりひねり いれよ。
【図4】(火鉢で暖める)
 中太
一(童)、あら心なの ふきやうや。
みなひとのはかした(21)を やきたるぞや。あな あつや。

【図5】

稚児之草子 第二段

 はじめは忍もぢずり(1)忍つつ、いろにはいでじと(1)しけれども、新かまの里(2)のあながちに心の色深くなりければ、忍はつべき涙ならねば、袖のしがらみ(3)かくとばかりはもらしてけり。
 此童、あさまし(4)と思て、「心にまかせぬ(5)身にしあれば、ちからなき事也、思ひたえ給へ」と、度々申しけれども、いつとなく「いかがはすべき」など、うちくどきければ、「此事あらはれなば(6)、世にあるべきことにも侍らず。ことにかやうに心ざしの給へば、さのみはいかがたがへてまつる(7)べき。夜深程になりて、この御壷(8)の草の中に隠ておはせよ」とたのめてけり。
 なが月のころなりければ、すすき、かるかやなどのなかに隠居たりけり。
 此童、おとの童(9)にあひて、「もしめしあらば(10)ここにてよび給へ、はたらきたまはで(11)おはせよ」と云て、縁におとの童をばおきて、此僧の隠居たるすすきのなかに遊きて、ひたたれ(12)着ながら尻をからげて(13)さしよするを、月のひかりにこれを見るに、いと心もこころならで、すすきのなかよりまらをさしいだして、つきこみてけり。
 露ふかくおける草むらなれば、尻のわたりに、まらのしづくうちそひぬれわたりつつ、いよいよものし よがりければ、草ごみにててのきはして(14)各帰にけり。
 たがひに心ざしあさからざりければ、夜な夜なごとの事なれども知人もなし。か様になさけふかきことはすくなすくなこそ、出家の後まで(15)志あるとくゐ(得意)(16)にてあるよし、たしかにうけ給へ。

【図6右】(すすきの中)
一(僧)、としごろ(17)の思ひ、ただいまこそ、かなひ候ぬれ。
これも本尊の御たすけにや。
いかにし候て、かくれことに、かやうにみづから申ことにて候べき。
あらたへがた ところからにや(18)

二(童)、ひごろもみづから申べきおりおりとは候しかども、
人の御心もたのまれず候しかば、申さずこそすぎて候しが、
いまはかく へだてなき事にて候へば、
いそへのなみ(19)のおりよく候はんときは さ候ぞ

【図6左】(縁側の弟童)
身にしむあきの 風のけしきは 折りしりかほ にこそ。

稚児之草子 第三段

 嵯峨の辺に時々通ひ給ふ、いみじき僧 御(おはし)けり。
 槐門の家(1)をいでて無為の道家(2)に入、三史九経家(3)をすてて天台六十局を翫給ければ、煩悩即菩提の観門に善悪不二の理をあらはし、生死即涅槃の同体 諸法皆空の義をさとり給てければ、御心にまかせて児とおはしけり。
 常に御そばちかくまいる童ありけり。御心ざしふかき事たぐひもまれなりけり。
 御房人(4)に此道に心をいれたる僧ありけり。いかがしてとおもふ心ふかくて、ことさら此児にとりいりてありければ、童もさるにこそとおもひけれども これもかみきびしきにて、もれ聞へなば身にも安穏にありがたかりければ、只知らぬ様にて侍ける程に、
 この僧便宜ありけるに心のいろをあらはして、としごろ(5)の事をかたるをうち聞より、この童ことはりと覚て(6)湯におりたりけるに、此僧をよびて、ともにあびけり。
 まづあしを以て、僧のまらをさぐりて、やがてひきのぼせて湯舟をまくらにして前さまよりすりつめさせてけり。
 これのみにもあらず。それよりなつかしきものにおもひて御前ちかく御とのゐ(7)をせさせて、我身房主御房と、ねながら尻許をさしいだして、まかせけり。かかるためしもありがたき事也。

【図7】(湯舟を枕に)
一(童)、これはいかなる事ぞや。さらにうつつともおぼえ兼ぬものかな。
かかるいみじきことは、いまだ身にとりては、おぼえ候はず。
このひごろの御心つよき(8)こそ、いよいようらめしく候へ。
あはれ、行水たくさんのことかな。

二(僧)、まことにひごろ申かはされしことは、身のとがとこそおぼしめし(9)
よらぬことにて候しかば、申事も候はず、
いまは、わすれさせおはしまし候はざらん事こそ、うれしく候へ

【図8】(第五段の塗籠に隠れていた僧と?)
 (幼冠者) ぐうぐう

二(僧) たましゐもあるに、とりて候こそ人のおそろしき事も候へ。
 かくてつき つらぬきながら、しなばや(10)、法師らは

一(童) あまりにけしからず(11)のしらせ おはしまして、
人おどろかさせまいとさせ給候な、返々(12) 物おそろしく候ぞ、
ちかくよらせ給へ。いだかん。

稚児之草紙 第四段

 法勝寺の辺に貴人のいとをしくし給ける童ありけり。
 武芸を好みて、ひはくひの辺(1)、尊勝寺はさまなどに、夜々たちて悪情を好む童にてぞ侍ける。見めかたち好もしらかなりければ、見る僧は心をかよはしけり。
 その中に中間法師(2)のなまとし(3) おとなしき(4)ありけり。いかがすべきと、年来わびけり。これを人知りなば、追出にあづからむ事うたがひあるべからず。これを色にいでずは、又この世にながらふべきにあらざりければ、くちよりほかへはいださねども、けいき(5)ばかりを知らせてけり。
 この童、さしも心たてたてし(6)けれども、此道をばすてざりける。やらむ年(7)おとなしきものの痩せおとろへるを見て、無ざんにもおぼえければ、ひまをはかりて、此法師を部屋へよびて、足を洗はするとて、あやまちなるやうにて尻をいだして見せたりければ、この法師、見るもあまりにあさましく(8)、かなしく(9)おぼえて、ぬれたる手にておしにぎりたるに、すこしも我をするとも、おぼさずげなれば なかゑくしり入りたりければ、さわるものもなく、すいいる様にしてこぶしのきはまでいりぬ。おもひにたえず、やがてはさまりてけり。
 この童、心ざしふかきものをば、いかにもすてざりけり。ほかのもの御房人なども、なさけをかけければ、ありがたきためしにぞ申ける

【図9】(足を洗わせる)
一(童)、あしをばあらはで、いづくをさぐるぞ。
 あら、しれがまし(10)。なにとすることぞ
二(法師)、としのよりて候あひだ めがくらく候て、
 心のひくかたに、てがかけられ(11)候ぞや。
 なにかはくるしく(12)候はむ。御あはれみ候へかし。
  ひごろの心のうちを しらせおはしまし候はぬやらん。
【図10】(法師が掛かってくる)
二(法師)、とし月は(13)、もし御心もや、すこしおぼしめしたるこそ、
 思ひまいらせて候へども、逝く水の心ちして候へば、
 おそれおそれ、かくまいりかかりて候。
  これはいかなる事ぞや。しに候ぬ。
一(童)、まづ、あしをばあらはで、わほうし(14)はなにとするぞ。
 ひごろ心ふかく思ひけるこそ、かへすがへすも、いとをしけれ。

稚児之草紙 第五段

 北山なるところに一念三千(1)の観に心をそめ、五想成身(2)の理をことする僧おはしけん。
 ことのならひ(3)なれば、こころざしあさからぬ童をぞもち給たりける。心はひ なだらかにて、はかなきあそび たわぶれにいたるまでも座をさまさず侍ければ、御同宿(4)なども、うけおもひて(5)ぞありける。
 貴人の御愛童をば人手を掛くべきにもあらず、況や御気色あしき(6)事にて、よにはしたなきことともありけるよりそははかばかしく(7)、よそながらも立ちよる御門弟もなし。
 としいまだ若らかなりける僧、この童をおもひかけてけり。
 さるべき折り折りをもとめて、ほのめかさむと、心中には案じたりけれども、便宜もなかりければ、この童のすむ所のぬりごめ(8)のうちに、つねはふしければ、僧さきにはい入て、かくれゐたりけるに、
 童 なに心もなくいりたりけるに、あやしきさまなる人の気色しければ なげきわびたりけるにやと(9)、おかしくおぼえて、見ぬていにもてなして、
 塗籠のたれ布より、なから井いでて、おさなき冠者(10)のあると ものがたりし文などよみて添ひふしてあるを見るより、心も心ならで、しのびて腰にいだきつくに はたらかざりければ、やがて尻をひきあけてさし当つるに、なをしもおどろきたるきそく(11)もなし。
 もとよりの達者にてありければ、いとわづらひなく、毛きはまでいりにけり。この童、なを物がたりをして、さりげなきていにぞもてなしける。
 ぬりごめにきりいた(12)をして常はかよはせけり。

【図11】(帰ろうとする門弟たち)
しばし御渡候へかし。けしからずの御いそぎや。
こととから(13)
あやしきことどもかな、ひとりを御とどめあるとはねたや。
心なし、いざやかへらん

【図12】
一(童)、いまははざまへ よりせむ。
二(僧)、いや、ただ、しばし、かくてもてあそびて、
 のちには、ねかへ候て、つきつかんに。
【図13】
一(童)、この人々のみるらん。わざわざしさ(14)は。
二(僧)、みるとては いかがすべき。しぬるや、おうおう。

【図14】(所謂Aクンニ)
二(僧)、これほど気味き物を いかがねぶらでは(15)候べき。
 口のひまがあらばこそ、くはしくは申候はめ(16)
一(童)、あら びん(便)なや(17)。いかなる事ぞ。
【図15】(所謂シックスナイン)
一(僧)、あらうまや、ちとにがく候
二(童)、これもよく候へども、ちと、しははゆく(18)候ぞや。

【図16】(僧が燭台をかざして)
一(童)、あらしらじらし(19)や、さもし(20)や、いかなる御事ぞ

二(僧)、うまれてこのかた、みてしたる事はいまだ候はず。
 よきくせとおぼえ候(21)。あはれ、御はさら(婆娑羅)(22)かな

元享元年 六十八書写訖

稚児之草子の読み方について