野郎絹篩

『諸遊芥子鹿子』宝永7年(1710)より
風流御長枕(略)
遊色絹篩(略)
野郎絹ふるひ
 安入散  衆道初じ百段伝授
 花勝負  しんべ子の分
 木脇指  芸子の床
 枕がへし 年ま若衆の品
 素股   野郎の秘密
 思ざまし 野郎女中に買るる伝授
 付入   野郎の大じんの本手がかり
 あけすけ 野郎こんごうの内証かがみ
茶白諸色絹篩(略)
野傾文ほうご大全 野の文(一部)

安入散 衆道初じ百段伝授

 野郎諸分、其門に入て聞けば、せばひを重宝するにもあらず。
 まづ座敷へをし直つた所、女の似るべきにあらず。八まんりつぱなり。床へ入時、ぐづぐづと女のやうに雪隠へ行きたり、着る物着替ゆる事なし。
 帯ときて大じんに身をよせ、ろてんをいらひ、口を吸わせて後、後向きになりて、印籠より安入散を取出し、唾にて溶き、玉茎に塗りて、お井戸へ当てがい、大じんやりかける時、町若衆のごとく身を縮めず、腰をつかふ時、髪のわけめ、ひやひやと大じんの鼻の先へ当り、よい気味なる時、美しい顔をねぢ向けて口を吸わせ、かはゆいかといふ時は少めだれ見たやうにて、こづらが憎くし。

 さる法師、此門を有難がりて、三百両 親の譲り請りし小判を旦那の人に預け置て、入用の度々に請取られける。まづ百両を水もたまらず半年の間にかげま野郎のお井戸にうちこみ、其後二百両を舞台子に尽しあげて、扨も見事に手を叩いてしまわれける。おし出しての野郎狂ひは一年五百両にては手がかゆいものぞや。此法師も今の世のはやりもの大こく狂ひのほそたれたる遊びならば、一代は請合ふべきにと、しほの目のこきちが、かしらかきしも尤ぞかし。

 されば此法師、後は悪じやれになりて野郎の身の上をあかさせて、反古のうらに書付られしを一夜所望して見るに、おかしき事あはれなる。さまざま「衆道小紋帳」と外題を付しは色にそむ心にや。
 一切野郎の底ぬけ臼、大じんのしんだいを粉にはたかせて、絹ぶるひにかけまくも、かたじけなくも業平の鉄つけ口吸うて、命を真雅僧都、いわねば申すその岩つつじ、色の根本、念若の初め、弘法大師といふは、近頃文盲なる人の時代違ひ、古今芸子の善悪窓の内を出すべからずと奥書して外に切紙の伝授封じめを、むりやりにほどきて爰に記すもなまめかし


花勝負 しんべ子の分

 百物語に若衆の化もの出るといひしは、古き味噌桶の精なるべし。
 びん付油売る若衆の今時のはやり野郎の紋所つけて、それがしんじつのと脇からいわせて、いやがる風するさへ商の方便(てだて)なれば、憎い事にあらず。
 取分け女形の野郎をだいて寝ては、其ままお姫様の心ちして、昼は此尻つきの小さきを女にあやからせたく、悪人がたにしばらるる時は早く実かたの役者が出よかし。是は何してゐて、舞台へ遅なわる事にて、ひとり心のせかるるも、かりの役ながら、いとしい人の手はいたまぬこと、親より子より大切なればこそ。君がために人を偽り買がかりは済まさね共、御げんの遅きを待ちかね、参らすならざれば、わが身深くおぼしめして、ひたすらの御かよひ。

 ことさら去年の顔見せ前に御なじみ申せし事、此身の幸ひ、親かたの喜び、其わけは申さぬとても御合点の御事、起請を御望みの上は、いかにも認め申すべき事なれど、とても勤め若衆の事なれば、口を吸わせまいとも、お井戸をせせらせまいとも申がたし。其かわりに野郎の申さぬ身の上を、つつまず語りません。

 まづ、しんべの時は鼻をつまみあげられて、ずいぶん中高に顔を仕立てらるる事。ねのびをたしなみて、ひたすら背の伸びぬやうに親方神々への立願。口中をみがき、脇の下を洗ふ事、其外の身だしなみは傾城にかはらず。
 扨、はじめて玉茎(いきもの)を通す事、十三のほんまへが、お定まりなり。それから内にも仕立つる事あれど、最初にこりはてては、末までわけたつるにいぢけて悪し。ひとつは尻崩れては、長く親かたの損也。
 大かたお井戸の出入勤めおぼへて後は、兄弟子の古小袖をわが物として、こんごう一人めしつれ、上下といふて津々浦々在々を廻りて客をつむる事、扨もせわしなく、一夜に二度三度と同じ人に望まれて、心のつらさ、憂い事申も愚かなり。御城下によつて、売若衆堅く御吟味強き所は、つづらにゐれられて座敷へまいり、酒ごともなく、歌三味線はもちろん、高い声するもをさへられて、床ばかりの勤め、扨もやるせなき身の上ぞかし。
 されども後には、勤めも苦にならず、ずいぶん客数をして親かた笑ひ顔を見ん事を願ふ。

 大かたうしろみとて、付いて歩く若いものと、ねんごろして客の間には此ふところに夜を明して少楽しむ心もあり。さすが情のみちとて、若いものもずいぶんいたはり、客に行きてをそそもとり、夜は食の茶漬をこしらへ、内着の小袖を肌つけて暖め、先へ送りさたにても酒は一滴も呑まれませぬぞ。よろづにつけてかばふてくれる心底、まことの念者様と奉る事なり。
 惣じて三味線は上下の内に引習はねば、後まで恥しくて弾かれぬものなり。
 旅芝居に行く時も同じ格にて、大夫本ぶんの人の御無心は身に適ひたる事ゆへ、幾夜にてもいやとはいはれず。其時分はこんごうがずいぶん気をつけて、五人組雇ふて、声がわりせぬやうにいましめる事なり。
 されども銭勝負はこんごうもする事ゆへ、しんべ子もゆるされて、三枚でも、突のあたりでも、四三五六、なんこにもくらからず。
 (こんごうは)あかりでは頭巾をはなさず、真桑瓜、柚味噌を喰わず、雪隠所(ようどころ)へはきわまつて火ともして行く事也。もし我より先に不調法なる事してあれば、掃除させて糞(よう)をかなゆるなり。
 客を勤めた紙を床に残して置かぬやうに、ずいぶんする事肝腎なり。おゐどは指を入て洗ふ事、もはや此あとは申まじ

木脇指 芸子の床

 とてもに聞たし、はやり子には朝夕の膳部もさまざまととのへて据ゑ供へ、ひまな野郎には朔日にも鱠(なます)を据ゑぬといふが、いかに。

 されば早々、ずいぶん宿にて舞台声をつかい、お針のそばに夜をふかす子共は、親かたの機嫌よからふ筈もなし。ちと宿屋の畳を歩いても見よ。客のふところを知らずに子共をあがる事いかにしても残り多し。一たび角入て又と野郎にはなられぬと、にくてにいわずにずいぶん迷惑がる口上、是を聞く時は身をつかるるよりはかなし。

 いかなる客にても一たびの御げんの上は、あとを引かする勤めに、(客の様子といえば)虫を死なし生れて、楊枝つかはぬ口のはたをねぶり、革たびの暖まりて臭き寝息に鼻つまみながら、身をひたひたと寄り添へば、松の木のやうな太ももを、どつかと打もたして、又あちら向けとの仰せに、かしこまつてうつむき、自由自在に身をまかせて、あとつめさする心づかい、迎いが参りましたといふ時は、空寝入して起きもあらぬさきに、さらばさらばと酒いびきおびただしく、野郎の鼻紙をつかふお客が多し、といへば、
 法師、さやうに客の非難ばかりをいやるな、伝へ聞く昔の野郎は、恋をかさねて逢へ共、無心いふ事もなく、もてあそびものとて芥子人形、又は染わけ手ぬぐひ琢砂、やうやう二三匁がものをつかはしける。
 ある年妙心寺開山国師三百五十年忌の時、諸国諸山の福僧京着して御法事の後、色河原を見物しけるに、田舎に見馴ぬ児人(しょうじん)に思ひこがれ、万事やめて野郎をもてあそび、昼夜前後の約束を争ひ、芸子に物やる事を手がらに盛(ぜい)ばりける。此時は限りある田舎法師、貰はぬが損と、野郎の心もいやしくなりて、いよいよ売若衆の心底親かたより木脇指をさせて、客に腰のものを貰はす為と、是さへさもしきに、近きころは野郎の脇差に小柄をささず、其心はといふに、「脇指より小柄は貰ひよく、貰ひてさすために、わざと明て置く」と、さる野郎のいへり。其上そなたも初めは「わしが若いものになんぞやつてくださんせ」と、たびたびいやつたは扨

枕返し 年ま若衆の品

 野郎と庭樹と、大きうならぬ物ならばと、物好きのよき光悦も申されしとなり。何事も歎くまじきは世の有さまかな。
 往昔難波の芝居にて恋の奴の暴れしより、歌舞伎といふ事法度になり、芸子残らず前髪をおろして野郎に成し時は、開かぬ花の散る心ちして、大夫本をはじめ子共の親かた深く歎きしとや。

 今思へば是程仕合なる事はあらじ。いかに情なればとて、三十過ぐるまで前髪をおきて勤めは成まじきに、野郎なればこそ四十に及ぶまで若衆顔をして人のふところの中へもはいる事ぞと、おかしき色の道の思はれける。若衆は年たけたるこそよけれとは、寺小姓町娘の事なり。
 野郎は年行くにしたがひ、座敷なめげにて五人組声を出し、思ひの外ふつつかなる手して辰巳あがりやんしゆするなどは、いかにしてもにげなし。其外扇てんごう枕がへし、ただ手もなく地に狂ふは、年の行かぬふうに見せかくるよし。恋も外になりて騒がしく遊ぶに心苦し、といへば、
 されば傾城などは、じつとしてゐて物云はずくらゐ取たるが見よげなり。野郎は女郎のごとくにをし黙つてゐれば何とやら、しよしんに見へて座敷迷惑、気のどくなり。

 かわり狂言の咄のあらば、更にいふ事に事をかき、座をもつにつがもなく、床へ入までの勤めざるにても、おぼしめしの外苦しくいたむは知りながら、大盃のしすごし、命をけづる勤め是ならん。いかにも酒の過ぎるは迷惑にあらんが、欲しそふに客の印籠巾着に性念をうつすは、酒よりは心苦しからんと笑ひぬ。
 扨、床に入てもお井戸を客につきつけ、ろてんを無造作に取扱ひ、はやり唄をうたひうたひ、つばきをつけ、若衆の腰をつかふは、あまりしこなしたる事かや


★若衆と庭木と大きにならぬものならばと、物ずきのよき遠州も申されしとなり。何事もなげくまじきは世の有様ぞかし。一とせ難波の芝居にて、恋の奴のあばれしより、歌舞伎といふ芸法度になり、太夫子残らず前髪おろして、野郎になりし時は、ひらかぬ花の散こゝちして、太夫本をはじめ、子どもの親かたふかく歎きしに、いかに情なればとて、廿すぐるまで前髪おきて勤めはなるまじきに、野郎なればこそ、三十四五迄も若衆顔をして、人の懐の中へもはいる事ぞと、おかしき色の道の思はれける。★男色大鑑巻五、面影は乗り掛の絵馬

素股 野郎の秘密

 女郎はふる事多し。野郎の一義なきは稀なり。その上、初対面の床を頼み大事にせぬが是ふしぎなりと尋ねける。

 答に、されば女郎と違ひ、野郎に客のさし合送る事なし。
 初めての大じんの陰根を気づかいせぬにはあらず。だかれて寝る内にまづ開いて見事な物なれば、くだんの安入散をお井戸へも、ろてんへもぬりしなに、手にて、ふたしやくり、みしやくりせんずりをかかしてのぞますなり。是大じんに早くしまわせる手練なり。其内ろでん何ほど大きくても、柔らかなるはこなしよく、堅くて長きはいくつに成ても迷惑なり。
 是は是非すまたをもつてまいる。ろでんの挟みように秘伝ありて、まことのおゐどより心よくおぼへさすなり。

 酒呑まぬ大じんにて、ことの外座敷手早く床に入たる時は、迎いの来たる時刻を考へ、物語りをしかけてひまを入るなり。早く一義をしまいて、迎い来たらず、久しく床にゐれば、大じん口などを吸ひて「又もひとつ」といわるるに、さながらいやともいわれず迷惑なり。とかく一義をしまいて茶一服のむ程ありて、迎いの来たりたると、つくるやうに床をしあわすが、野郎の身の一大事といふもおかし。

思ひざまし 野郎女中に買るる伝授

 喰あてて喜びありや。はまぐりの玉村吉弥と聞へし美児人は、楊枝一本佐渡の客につかはして、一代楽して過る程の小判を貰へり。
 十二年以前までは野郎を蜘といへり。尻からいかにも家を貰ひしに、いつかは銀一枚の花代も二角に成て一歩二朱銀一の品々、顔見せの衣装さへ送る大じんは稀なり。客も一人になり野郎も身持ち悪しくなりて、宿にゐる時は帽子をはづし、かたぬぎして汁かけ飯をかきこむは、いかにしても不風流なり。後のごとく野郎の客に女中がなくては今の売若衆は立てりがたし。
 昔は座敷にても床にても、野郎の玉ぐきいきりたつ時は是をかなしみ、耳の中へこよりを入てせせり紛らかして玉ぐきのいきりをやめさせけるに、今はそれ程にたしなむ若衆もあらず。

 私はまことは四十三まで振袖にて勤めしが、其内にさまざまの事うちあけて語りません。

 相床に女と寝たる客ありて、其鼻息あらく、女すすり出してよがり声高く、是を聞いては野郎も勤めも忘れ果てて玉くきのいかり強く、後ろの客のが、前へ抜き通りはせぬかと我ながら興がさめける。大じんも我をだきしめ、「そちもよい気味か」との給ふ。此たはけ、どふもいはれず、女こそよがるものなれ、若衆はいくつになつても心悪くてんごうつくしをると心でおかしきに、勤めとて「わしもよい気味」といへば、大じん喜び玉ふぞ。
 鼻毛なれ、取わけろでんを抜かるる時はがつはりとして、扨もいやなる事、又くらぶべきしなもなし。されども宿にゐては、いかに自まへなればとて、始終がつまらず、其上呑みつけたる大酒もならず、おゐどもこそばゆく、ひたすら大じんの顔なつかしく、あられぬ夢見て夜を明すも口惜し。

 扨、女中に買はるる野郎のくわほう(果報)、いふも愚かや、銀とつてよい事するは、そら恐ろしき楽しみなり。さる髪切にだかれて寝しに、偽りもなきいいぶん、是ぞ道理の至極におぼへしなり。野郎を女の買ふは色ばかりにあらず。どふしても常々乏しきゆへ、女の飽くまでしてくれるが重宝なり。
 其内恋は早くさめるものといへり。其わけは、顔は紅粉にいろどり、身には振袖をまといながら、玉ぐきはかしらひらけて根太く、いきりたちたるすさまじさは、名に似ぬ持物とびつくりするより、はや、うとましく成ものなり。されども精の強いが取得なりと申されぬ

付入 野郎の大じんの本手がかり

 女に買れし時はいかに。くはしくかたり申されよ。

 女に買るるも後にはいやなるものなり。野郎買程の女中のいたづら、其好開(すけべい)で御推量有べし。
 此前、都にありし時、四十四五の後家に買れしが、さりとはむごいめにあいぬ。座敷へ行くとすぐに床へ入て、夜明くるまでにわたりしも十一かとおぼへしが、読み落しも有べし。先さまには幾度やう知らず、夜半の鐘の成時、曲を望み給ひ、あらゆる姿に乱れて、扨も女にあきはてて、恐ろしきものに思ひけるゆへ、同じ鬚野郎に舌ぶるいして語りければ、「汝、女中客に勤むる事、素人なり。何ほど先さまより抑へて強ひ給ふとも、二つとまつりを渡さぬ物也。それにては歯がゆがりて、たびたび呼ぶものなり。いつにても女中のだんさふする程にせぬもの」と教へぬ。

 其の後の事なりしが、大坂の畳屋町のさる宿屋にて、北浜の大じん二人連れにて、一人はわが身を呼び給ひ、お連れは白人を買給ふ。床にて二人ともに酒酔いによく寝入給ひける時、相床の白人、そこもとに煙草の火はないかといふ声に、心つきて取にござれといへば、白人あなたの床を離れてこなたへきたるを、わが身も床を抜け出で両方のまん中にて行き合、白人の裾を踏まへてわざとこけるを、おこすけりにて、同じく上へこけかかり、いきりし玉ぐきやりかけける。此白人の満足、町の女よりはよがりけるを、客へ憚り、互ひに袖をくはへて鼻息を忍び、むしがへしに二つしまへば、我は一つならでは気がいかぬとはなさず、又のりかかりて腰をつかふに、きやきやとしまいぬ。白人も此時はつづけて又いきますいきますと我を忘れてよがりける時、二人の大じん、ううんとねのびし給ふに驚き、わが身も白人もやがてそばへ立より、ゐんのこ、ゐんのことたたきつけける。
 ややしばしして両大じん起き給ひて、亭主を呼び出し酒事始りての上にて、あるじへ申さるるには、今宵我々は御両人のたいこもちに参りたり。酒礼入用はお客より取べし。両人かならず存ぜぬとのことわり、もはやおいとま申たし、お駕籠を仰せ付られ下されと、結構づくめにあしらい、駕籠にまで乗つて、両大じんはお帰りなされ、其夜の入用わが身の花代まで出して面目を失ひぬ。是ぞ盛に損恥と世の評判にのりしも、今は昔ぞかし。 (大じんは、ことのなりゆきに気づいていたようである)

あけすけ 野郎こんごうの内証かがみ

 昔、釣髭、骨仏などいひしこんごうには、銀一両つかはせば、三指つきて有難く存じ奉るの一礼長口上申したりけりと、大笑ひせしに、其後、嶋長井、十松又などが日の出の大騒ぎの野郎づか、にぎりはじめ小判の味おぼへて、今時のこんごうに弐角などとらしても、さのみ嬉しがる顔つきもせず。
 少し露うつまが遅ければ、長き秋の夜をしよ夜過ぎから呼びたて、あとつめるせはしなさ、恋の最中に気の毒をきかす事、とかくに遊ぶ気からは、よろづ嬉しがらするにしくはなしといへば、
 猿猴といふこんごうが申すやう、今時の子共ぎやくはいかにしてものみこまれず。昔の大臣はこんごうを「どふせい、かうせい」と仰せられしに、近き比は「どうさつしやれ」と、ことの外言葉うつくしう使ひ給ふは、何もくれまいといふ事なり。さすがこんごうの機嫌をそこなへば、迎いをせりたてて、翌(あす)の芝居が大事じやと売ながら勝手な事を申して、大じんに涙こぼさすゆへ、憎いとはおぼしめしながら、うつくしうあしらい給ふ。あはれかし。昔のごとく「どふせい、かうせい」と仰せられて下されかし。
「言葉やさしうて、今の大じんは冬の膳だてじや」と申す心はと尋ぬれば、「露をうたぬ」と答へける
(左画像は風流足分舟より)

野傾文ほうご大全 (抜粋)

(一から十八は傾城(女郎)の手紙。十九から二十六ないし二十七が野郎の手紙とのこと。二十一以下は未見。)

【十九】野の文

一筆申上候。夕は、はじめて 御目にかかり、誠につるつると
御物かたり仕、よろこび申候。我身の事はとかくおまへにまかせ
をき申候まま、いつまでも御ひいきたのみ上候。猶又ちかき夜
御出まち入候。りよぐわい(慮外)ながら、なでつけ様へも法師様へも
御心へ可被下候 早々謹言
 月日       花村作之丞
くみ様

是しんべやらうのはじめてのきやくへ其あけの日きわまつて文やる事かくのごとし

【廿】

過し夜はかへがへにての 御けん 扨々うれしく存奉り候。
もはや御心もかはり候て 外におもしろき御わかしゆ様を
御いとしから{せ}候かと よほどうらみ申候に、
まづは浅からぬ御心入 かたじけなく存候。
扨、御やくそく申上候ゐんらう、かならずちか{き}に
御出のせつ、御もちいで下さるべく候。はやくほしく候。
ほうはいしゆ(傍輩衆)いづれもさげてゐ申されたに

(反書)わが身 ばかりは かわゆ がる人も なく うらめしく候
  此うへは ずいふん 御ふ{ら}ん ねがひ申候 そら かしく
             爪川長之助
八右衛門様