擬娩とジェンダー

2007/1/9 火
擬娩(ぎべん)とは、妻の出産のときに、夫が出産の真似のようなことをしたり断食などもしたという、南アメリカ大陸など世界各地に存在した古い風習のことです。
夫による妻の行為の真似とするなら、広義のジェンダーのトランスともとれなくもありませんが、なぜそんなことをしたのか、学者の説によると……、
赤ん坊や母親に危害を加えようとする悪霊の目をそらすため、というのがよく言われているようです。

けれど……『双六で東海道』(丸谷才一)という本によると……、19世紀の学者は、母系社会から父系社会の移行期に父親が自分の子であることを主張するためにそのようにしたと考えた。こちらの説明のほうがわかりやすいというお話。産みの苦しみなどを夫が疑似体験することで、妻との一体感を得て、子の親であることを確信したということでしょうか。

南米では少女の初潮のときハンモックにくるまって断食した、このハンモックというのは夫が擬娩のときにもくるまったものであることから、丸谷さんは、これは生まれ変わりのことで、父親の擬娩というのも母親の真似ではなく胎児の真似なのではないかと言うわけです。少女は成人になる試練のために断食したが、赤ん坊にそうさせるわけには行かないので父親が代わりにした、調べたらレヴィ・ストロースという学者も同じようなことを言っている、というお話。

南米では、擬娩のときには、近所の人がお見舞いに来るのは擬娩状態の父親に対してであって、母親は隠れてこっそり出産したそうです。こんなところから「悪霊の目をそらす」と解釈されるのでしょう。母親は、出産後すぐ働き、産後しばらくは、赤ん坊と父親の両方のめんどうをみたそうです。だから父親は赤ん坊の真似をしているといえなくもないわけです。母親が赤ん坊と同じようにめんどうをみたとき、父親の断食の終わりに母乳を与えたとは書いてありませんでしたが、父と子が何か同等の「兄弟」のような存在になってしまうのが、この説のちょっとしっくり来ないところです。

父親がトランスするという説も捨てがたいわけです。
母系社会から父系社会への移行期に多くの父親が擬娩のようなことをしたとすれば、母系社会にさかのぼれば部族のリーダー格の父親たちだけがそうしたということも想像できます。
日本の神話で南米のハンモックのようなものといえば、真床追衾(まとこおふすま)というのがあります。空からニニギノミコトという人が降りてくるときにくるまっていた寝床のことです。ニニギノミコトが天孫として降臨したときは赤ん坊だったという説もあるのですが、南米の少女のような意味があったとしたほうが、すっきりするかもしれません。
天孫降臨は長旅であり、長旅に際して貴い少年がトランス(女装(じよそう))したことは、ヤマトタケルなどの例もあるわけです。ま、トランス自体が一種の「生まれ変わり」ではあるわけですけれど。