かまどと火処(ほど)

2005/3/10
 カマドは一家の主婦が守ってきたものです。火によって生きたものは死に、新しい生命のために形を変える場所であり、ものが産み出される場所でもあります。そうした力はカマドの火の神によるものとされ、火の神を祀ることは、一家にとっても女性にとってもとても大切な役割だったといいます。

 カマドは古くはただカマと言ったようです。元々の日本語かと思っていましたら、朝鮮語の釜(kama)が移入されたものであるとする説もあるようです。5〜6世紀ごろに大陸の形式のカマドが日本に広まったときから、カマと呼ばれたそうですが、この本の後半では、移入語だとは考えられないようなことも書かれています。
 古代の日本では、炉の中心に3つの石などを置いて上に瓶を載せて煮炊きしたといわれ、火の熱が逃げないように石の隙間を粘土で埋めたり、コの字型に粘土の囲いを作ったりの発達はありましたが、上部の穴に瓶を載せて隙間ができないカマド形式が輸入されて一気に広まったというのが考古学でも定説のようではあります。

 竪穴式住居に見られた古い形式の炉のことは、ヘツイ(ヘツヒ)とかホドとか言ったそうです。ホは火のことで、ホドとは火処の意味になります。新しい形式のカマドは全国に広まりましたが、暖房もとれる炉(囲炉裏)はずっと残り、炉の中心部分のことを方言で「ホド」と呼ぶ地方は今も多いといいます。

 ホドとカマは、似たような機能をもつものということになります。……ところでこれに似た言葉がありますね。ホトは女陰のことですし、「おかま」という言葉もあります。「おかま」の語源は女陰との対比から生まれた言葉だというのが案外ほんとのことなのかもしれません。

 参考文献:狩野敏次『ものと人間の文化史 かまど』(法政大学出版局)

おかまの語源 そのほか
「おかまを掘る」という言い方があるのは、「耳を掘る、鼻を掘る」というのと同じで、からだの一部分の名称であったことを意味します。
ホトに相当する部分をホドでなくカマと呼ぶのは、シャレの要素もありますし、生活文化や火の神事の歴史を秘めた味わいのある言い方とも言えます。
しかし一方ではからだの部分を意味する言葉のため、使い方によっては差別感をともなう結果になることもあるのでしょう。

かまどと、ある語源の話(その2)

2005-3-11
 昨日触れた狩野敏次氏の『かまど』(法政大学出版局)という本は、とても刺激的な本でした。窯、竃、釜などいくつかの意味をこめて「カマ」とカタカナで表記し、ホトも火処その他の意味を含めたカタカナ表記です。火山の火口の穴のことを、ホトと呼ぶ地方もあれば、カマと呼ぶ地方もある云々。おかまの語源としてはこれしかないかもしれません。広辞苑に、おかまとは「尻の異名」とありますが、この場合の尻とは柔らかい丸い臀部全体をいうわけではないのです。

 Kamaの朝鮮語起源説は、同書の後半では否定されています。地名について、三方を山に囲まれた土地にカマという地名が多いこと(鎌倉など)、あるいは川の淵や滝壷のあるところ、海辺のくぼ地にもカマ(釜)のつく地名が多く、全国すみずみにまで広がっていることから、5世紀に外国から移入された言葉がそこまで広がったものとは考えにくいとのことで、その通りと思います。

 滝壷などの水源地は、水底がくぼんでいたり、左右に岩が迫って洞穴のような形からカマと呼ばれたようで、滝の背後などの岩穴に水の神が祀られ、その穴はカマドによく似ていますが、そこでの祭をなんとカマド祭といったとか。穴についてはその奥が異界への出入り口と信じられたためのようです。
 家のカマドのそばに河童や醜い顔の童子が居座ってその家に富をもたらす、という昔話が各地にあり、河童や童子は水神の使いであることから、かまどの神は水の神ではないかともいいます。
 後世の稚児は非常に美しいいでたちでしたが、このときの河童または童子とつながるのかどうか……?
 カマドは女子の管理したものですが、男子の管理した「庭かまど」というのもあり、臨時の祭のときに庭に作られ、祭が終わればそのかまどは壊されたとか。
 水神と、童子と、女子と、男子が登場しました。民俗学では女子は水神の嫁になるといいます。童子と男子はあぶれてしまったのでしょうか?

★★追記
これと直前の2つの記事は、一冊の本の感想文だったのですが、「おかま 語源」をキーワードに3年後の今でもよくアクセスがあるページです。
3年前にネット検索したときは、「尻の異称」という広辞苑の記述にふれたものは皆無だったのですが、今は広辞苑の名こそありませんが、そういう書き方が多くなりました。
ひとこと付け加えるようと思ったのは、江戸時代は、オカマもホドも、今の人が感じるほど下品な言葉ではなかったということです。人々はもっと大らかな時代でしたし、ウンチだって肥料にしたりで資源として大切にされました。時代が進むと人々に大らかさがなくなり、潔癖症のような人が増えていって、そしてその言葉に差別感を感じる人が増えてしまったのでしょう。けれど大事なことは、差別だといって言葉狩りをすることではなくて、大らかさを取り戻すことだと思います。(2008/3/18)

カマドと"性の越境"

2005-3-19
 カマドの話の続き。参考書は前と同じ。
 古い大きな民家には、日常のかまどのほかに、普段は使われない祭事用の大きめのかまどがあったそうで、祭事のときにだけ男子が使ったそうです。
 女性のものであるかまどを男性が使うのは、一種の性の越境ともいえます。女性のものである女性の言葉を使って『土佐日記』を書いた紀貫之も性の越境なのでしょうが、衣服や装飾品のほかにも、言葉やそのほか、女性のものを使用することで、性の越境は可能なのでしょう。

 男性がかまどを使う祭事とは、どんなものがあるでしょう。
 一つはお正月行事です。おせち料理は暮れのうちに作っておいて、お正月には主婦はお勝手仕事はお休みするのだと今もいいますが、もともとは新年の若水を汲んで沸かして……神棚に供え物をすることまで、ぜんぶ男性の仕事だったので、女性はしなかったようなのです。若水を汲んだりカマドを扱って正月の用意をする男性は、年男(としおとこ)と呼ばれました。節分の豆まきまでが年男の仕事です。
 年男とは、ちょっと今の感覚では色気のない呼び名です。旧家や大店では年男は下男の役割だったのでそんな呼び方になったかもしれません。若旦那の担当だったら、もっと気のきいた呼び名になっていたかも??。(ただし、若水汲みは、西日本の沿岸部では女性がするところも多いとか)

 男子のまつる神様は、お正月様や鎮守様など、外から来る「公」の神様が主体です。女子のまつるカマドの神は、私的なというか、一族の神々ということになります。

(2010年6月一部修正)