山伏と持者〜『七十一番職人歌合』から

2005/2/21 月
持者  『七十一番職人歌合せ』は、室町時代に、さまざまな職業の人をテーマに和歌を詠み合った和歌集です。その六十一番目に「山伏」と「持者」が出てきます。山伏の歌は、出羽の羽黒山の山伏が紀州の熊野へ修行に入る「峰入り」のときの歌です。
 持者という、山伏のような巫女のような人も、山伏とともに峰入りに来たようです。持者を詠んだ歌が二首あります。

  先達の慙愧懺悔は我やせん いたの目につくむしのしたかな

 意味は、先を行く立派な先達の山伏に代わって私が懺悔をしよう。板に付く虫の舌になっているから。となりますが、板とか虫とかいうのは、つまり女性のことを板といったらしく、板(女)にくっついているナメクジ(虫の舌)のようなものが山伏だという皮肉のようです。

  いかにして気疎く人の思ふらん 我も女のまねかたぞかし

 どうして疎ましく思われるのでしょう。私は女装(じよそう)をしているのです。という意味です。近ごろの山伏は堕落したもので女を連れていると思われるかもしれないが、私は女ではありません、となってオチがつくのでしょうか。
 岩波版「新日本古典文学体系」の注釈によると、持者は女装していたことが多く、鎌倉鶴岡八幡宮の歌合にも持者の歌があるようです。

★追記 地者
小学館『国語大辞典』では、持者は「地者」と書き、「山伏と同じような行者の一種、一節に巫女の一種とも。」と説明。語林集成から「まじないによって悪霊を退散させる巫女」と引用。
『七十一番職人歌合』では山伏とともに熊野に入峯するさまを詠んでいるが、ふだんから共に行動しているわけではないようです。

鎌倉放生会職人歌合

2005/3/1 火
2月23日の「山伏と持者〜『七十一番職人歌合』から」の続きです。

図書館で『鎌倉放生会職人歌合』を探して持者の歌を見ました。「放生会(ほうじょうえ)」とは旧暦八月十五夜のお祭り行事のことです。この日は、お月見も行なわれたようです。
こちらでは「持者」は「相人」(占いをする人)と左右に分れて、「月」と「恋」を題にして詠まれています。参考書はないので自分で現代語訳をつけてみました。

◆左 相人

 かねてより月の行方のみえしかな 言ふにたがはで雲晴れにけり

(ずっと月の行くえは見えていました。占いで言う通り雲は晴れました)
……「言ふに違はで」とは相人らしいのですが、ちょっと理屈っぽい感じで、判者の評価も低いようです。月とはもちろん恋人にたとえてのことでしょう。

 我といはば逢はんと人や思ふとて 恋ふるあたりに打ちなのりつつ

(私だといえば会ってくれると思うから、恋しい人の住むあたりで名を口にしてみるのです)
……なんとなくわかります。逢ってもらえるといいですね。

◆右 持者

 やどれ月 心のくまもなかりけり 袖をば貸さん 神の宮つこ

(どうぞお宿りください、満月のように迷いはありません。袖も貸しましょう、神の宮つこ様)
……「神の宮つこ」とは神官のことでしょうか。リズムの良い歌で、「上手めきて」という判者の言葉が添えられているのもうなづけます。持者が神官と宿をともにすることを歌ったものでしょう。

 なべてには恋の心も変るらん まことはうなひ かりは乙女子

(普通なら恋の心も変るでしょう。本当は少年、仮の姿の乙女ですから)
……「うなひ」とは「うなひ髪」のことで元服前の少年、または職業によっては成人してもしばらくそのような髪のままの若い男の子のことでしょう。女性でないことを知って恋もさめるだろうという内容なのですが、そういうのは人それぞれでしょうし、やはり判者の評価も低いようです。
でも今の人なら、この歌を歎きの歌と解釈して、このほうがぐっとくるという当事者も多いかも?
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