あなたができないのは私もできないのと同じ


一般に女性は自分だけに良いことがあっても、それは書かないと思います。子どもや家族や親しい人については書きます。みんなで楽しかったことは書きます。でも自分のことでは、書かないのが普通です。
しあわせ恐怖症」というのもありますからね。
そのほかの話題では、見たり触れたりしたことを書きますね。

トランスの皆さんなどで、客観的な事実を書くだけだと思っていても、それが必ずしも客観的ではないときもありますから、コメントしづらいケースもあるでしょうね。
トランスさんの長文の手記とか、読むのがつらいことが多いので、滅多に読みませんけど、読んだあと私の心が不安定になるのは、私自身の問題かと思ってきたのですが、そうでもないと、最近は思っています。
人にはできることとできないことがあって、運不運も大きいです。自分の力でできたと考えるのは、「自己責任」のイデオロギーに影響されたのかもしれません。
人は何かができたときは、そのかわりに何かを捨てているはずです。成功とは悲しいものだということは、忘れてはいけないことなのでしょう。
あなたができないのは私もできないのと同じだと思えば、私にもまだ救いがあるのかもしれません。

余談で変な話になりますが、猥談について、男性は要するに自分の自慢話、女性はいかに相手が良い男だったかのおのろけ、なんていう人がいたのですが、言い得ていると思いました。他の普通の話題についても、男女には同様の傾向がありそうです。おのろけには行き過ぎがないようにしないといけませんけど。

JポップとGID

岩波新書『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業』烏賀陽弘道著
という本は面白かったです。
広告会社とテレビとその背後にあるスポンサーを含めた「Jポップ産業複合体」の話とか。それらが市場を拡大もすれば、商品品質を単一化もするわけでしょう。

数あるCDの中から、自分にふさわしい1枚を選んで所有すること。それは、自己アイデンティティの確認行為であり、他の行為には替えられないもののように見えるときもあります。それがお金で簡単に買えてしまうのです。自分にふさわしいとは、夢をめざしてがんばる自分、おしゃれな存在でありたい自分、などです。
ここまで書いて思いました。彼らはアイデンティティを「自分で決める」のだと。そこである本で見た「性別の自己決定権」という言葉……違和感のあった言葉ですが……、時代も同じですし、似ているところがあるのかもしれません。ただし当時は「GID産業複合体」は見えていませんでした。

Jポップという言葉が生れた1988年ころは、大瀧詠一、サザンオールスターズなど、どんな海外音楽に影響を受けたかがわかりやすい音楽をJポップと呼んだそうです。それは大瀧詠一氏の分母分子論でいうと、分母がはっきりしているもののことですね。
でも以後はなんでも有りになって行きます。分母はよくわかりません。2次的3次的影響となると最初の元がなんだったかわからない状態。それがJポップの特徴なのかもしれません。そのへんのおじさんの鼻唄メロディーでも、今風にアレンジすればそれらしく聞こえることもあるでしょう。
Jポップ初期のころは歌謡ポップス調すら排除したそうですが、新商売は過去の利権を排除するものなのでしょう。でもそのおかげで産業複合体から提供される選択肢はとても種類が少なくなりました。種類が少なければ選択や「決定」に迷うこともないだろうという親切。そして過去を排除すると新教祖のようなものが乱立することになります。
ナイアガラーの内田樹氏ではないけれど、過去から続く歴史の中で自分の立ち位置を確認することは、大切だと思います。JポップとかGIDという枠組を排除することで、そのきっかけを取り戻せると思います。

別れ道〜男道と女道

古い由緒のありそうな神社やお寺の長い参道を歩いて行くと、途中で道が二つに別れて、一つは「男道」、一つは「女道」と案内板などに書かれていることがあります。
あなたは、どちらの道を行きますか?
男道は、急坂になっていて、まっすぐの道です。女道は、遠回りの道ですが、緩やかな坂になっています。
女性やお年寄りや子供は、女道を行く人が多いようです。女性でも足腰を鍛えようという人は、男道を通っても現在は問題ないのではないでしょうか。
人生の別れ道ではありませんので、どちらを行くか、悩まなくても簡単に選べます。
Google 検索"男道 女道"
女道(または男道)を通ったからといって、女(または男)になれるわけではありません。
比較的有名な女道(または男道)を33ヶ所くらい選定して、33ヶ所を走破したら満願なんて、シャレとしては面白いかもしれませんね。

(画像の文字は合成です)

「100の質問」に思う

相互リンクさんのお二人(純女性)が「ロリータさんに100の質問」にせっせと回答しているページを見たことがあります。それから、「FtM(TG,TS,TV)に100の質問」というのも、ネットで何種類か見ました。
でも「MtF(TG,TS,TV)に100の質問」はまだ見たことがありません。なぜなんでしょう。

そこで自分で作ってみようと思って、やってみたのですが、やっぱり根気がないとダメですね。
根気がない人が多いから、誰も作ってないということなのでしょうか。

それから、ニューハーフさんとか私のような人は、答えるとき、何問かに1回は必ずギャグを入れて笑いを取らないと気が済まないような人たちが多いです。だから質問を真剣に作ってみようという気にならないんでしょう。愚問に対してユーモラスに答えることができるのがユーモアのセンスなのですから、そういう人にとっては質問は愚問でいいわけなのかも?。

でもやっぱり誰かセンスのいいものを作ってくれるといいと思います。

二人旅ができたら

(テーマは、「トランスジェンダー」です)

自分の人生だから悔いのないように、なんて誰が言ったのでしょう。
そんなの自分で決められないよと思ってる人も、たくさんいると思います。私がずっとそうでしたから。

学校だって誰かにすすめられて決めたし、就職だって似たようなもの。中には他になかったからとか、家業だからとか、そういう人もいるでしょう。それでも、そういう中でみんなせいいっぱい生きてきたと思います。
学校や就職は、外から見てたときのイメージと、実際に中に入ってみてわかったことが違うのは、当たり前です。やる前からわかっていることなら、やらなくてもわかっているわけですから、やる必要がありません。やっても意味のないことです。普通の場合は(例外もありますが)、思ってた通りでないからといって、選んだのは間違いだったのではないかとか、そんなことを考えてもしかたないことです。

仮りに自分の意志で選択したようなことを言ってみても、マスコミやネットの情報に煽られただけかもしれませんし、そうでないと言い切るのは難しいはずです。ただ夢中で生きてきただけなのに、振り返ってみて、あれは自分が選んだことだったと考えるのは自由ですが、何でも自分が決めたことにしたいのは、そのときの自分に自信がないことの裏返しともいえます。

そんなわけで、他人に決めてもらうのも、一つの方法だと思います。

若いうちなら、恋人を作って、その彼氏と1週間でも何週間でも旅行に行けば良いと思います。若い時代なら無銭旅行みたいなのにも憧れますね。見知らぬ土地で頼れるのは彼しかいないことが身に染みます。1か月くらいして帰ってきたとき、もう元の生活には戻りたくないと思うか、それとも、早く元の生活に戻りたいと思うか、どっちかでしょう。

元に戻るということは、旅を一つの有意義な経験と考えて、それを生かして、元の生活を更に充実させて行くということかもしれません。それとも、旅先でホームシックにかかってたからというのが本音かもしれません。

戻りたくないというのは、慣れてしまったのでこのままで行きたい、変えるのはめんどうだし、それに一人じゃないんだし、ということ。
たぶんその時点では、元に戻らないほうが楽だし、人間は楽なほうを選ぶものです。将来のことはそのときになって考えれば、なんとか乗り切れると思うものです。
若いうちなら、それも可能でしょうね。

母はそのことを知っている

子どものころの話です。
私が内緒の女の子になっていたいちばん古い記憶は、小学2年生ごろです。それ以前のことはわかりません。ときどき聞かれることですが、性的ないしフェチ的なことや罪悪感などについては、そういう感覚や記憶は何もありません。ただ、つかのまの安らぎに似たものと、見つからないようにしなければという焦りのような意識ばかり思い出されます。2年生のときからそうでした。

2年生ですから、社会的な通念や道徳観から秘密にしようと考えたというわけではないと思います。もしかすると、スーパーマンなどの素性を隠したヒーロー物のドラマや漫画の影響で、ある種のスリルを楽しんでいたような面もあったのかもしれないと思ったこともありましたが、そういうものでもないのでしょう。そのときの日記が、2005年9月の「ヒヤッとする話」でした。

私は育児に縁遠かったので、育児書などを読んだことはなかったのですが、去年(2011)の8月にある育児サイトで見た言葉がありました。
「子どもは2歳ごろから親に隠れていけないことをする習性がある」
というのです。つまり、おねしょや、おもらしのことが一番でしょうね。それで母親に叱られたことがあるので、無意識のうちに隠そうとするらしいです。

日記の「幼き日の」にも書きましたが、そういう隠し事をする子どもの心理は、小学生の私が女の子のものを着ることを隠そうとしたのと同じようにに思えたのです。たぶん同じだと思います。ということは、私の記憶にないもっと幼いころに、母に見つかって叱られたことがあったのだということになります。

そういうとき、どうしてもお姉ちゃんと同じのを着たいんだと駄々をこねて泣きつづけたという子の話は、ずいぶん聞きました。ニューハーフさんとかの話です。条件付きで認めてもらった人もあるみたいです。あのときは大変だったと後で母親が聞かせてくれたので、本人の記憶にも残るのでしょう。

私が叱られたときは、どうだったのでしょうね。じつは3年生のときに、姉のパンツを一日はいていたのを見つかって叱られたことがあるのですが、そのときは、言い訳をしました。木綿のトランクスがゴワゴワしていやだと言ったのです。(それ以後はブリーフになりました)。
もっと幼児だったとき、私はそんなに駄々をこねる子ではなかったけれど、やっぱりその年齢なりの反応はしたのではないかと思います。3年生のときに、肌触りの問題にすりかえて言い訳したのは、3年生なりの知恵なのでしょう。

その3年生のパンツのこと以外は、私はすべて隠し通せたと思って来ました。でも、それは甘い認識だったと思うようになりました。幼児のころに叱られたことがあったのもほぼ間違いないでしょうし、たぶんほかにも……。とにかく母親というのはよく見ているものなのでしょう。心配しながら静観してたものと思います。

隠し通して来たと思うのは間違いで、隠し通すことによって心配はかけなかったというのも間違いだったということなのです。ただ、知っててもらってたほうが、かえってカムアウトしやすい環境なのかもしれませんけどね(もっと若ければですけど)。

トランス夢判断

夢判断ができるわけではないのですが、メモしてあった夢について並べてみます。内容は一部ほかのところと重複します。
最近の夢。

……その夢は、付いてたものが無くなってた夢でした。
なんとなくムズムズするので、手をのばして触ってみようと思ったのですが、なぜか手が動かないんです(金縛りにあったみたいに?)。
それで、起き上がってそのところを見ました。それは何年か前にどこかのHPで見たことのある、あまり上手な整形手術とは思えないような、そんな形をしてました。
それで、いつ手術したんだったか、一生懸命思い出そうとしたのですが、でも変だなとも思って、そのうちに目が覚めました。……

これは分類すると「大事なものをなくす夢」? そんなに大事なものでもないのですけど^^;
それとも「願望の実現」? 解釈は単純ですけどね。

去年の秋に見た夢は、ネットで公開した写真画像の中に、1枚だけ18規制みたいに男性とからんでるような、撮った覚えのない写真が交じっていたことでした。あせりましたね。ミステリーじみて恐い話でもあります。
でもいかにもネット時代の夢という感じ。撮った覚えはないのですが、知らないうちに撮られてたなんて、まさか……?^^;。

昔よく見たパターンは男の子でお出かけのとき遅刻する夢でした。学校の遠足の日の朝に見たときは、ほんとにドキドキしました。
自分はいつも他人より遅れていると、普段思ってたのは事実かもしれません。最近は図々しくなったせいか遅刻の夢は見ないです。
ほかにも同じような夢を繰り返し何度も見た1つのパターンがあったのですが、ちょっと思い出せません。

何年か前の日記に書いた夢。

……散歩してたら、向こうから歩いてくる人たちに見覚えがありました。それは高校のときの先生と男子生徒が2〜3人。気づかれたくなっかたので、あたしは歩道のそばの自動販売機の陰に隠れたのです。見つかったらもう学校に行けなくなると思いました。
でも変だなと思いました。高校生のころはこんなミニスカートで散歩なんかしたことはないし、変だとは思ったのですが、先生たちはどんどん近づいてくるので、そのことで胸はドキドキ、どうしよう、どうしようと思っていました。そのあとはよくおぼえていません。……

とっくの昔に卒業してるのに、夢の中ではまだ高校生。よくありますよね。
そのほかでは、カムアウトしてない人にカムアウトしてることになってる夢。
隠していた相手に知られてしまう夢とか、そんなのが多いです。

ふりむけば、トランス

なぜこんなふうにして、私は歩くのでしょう。
そして、どこから来て、どこへ向かって行くのかも、はっきりとはわからずに、ただ散歩しているだけ。

ただ初夏の風がほほをなでてゆく心地よさは格別で、
今年もまた緑があらたまってゆくのが感じられるのが、しあわせ。

そして、ときどき、ちらちらと、ふりかえりながら歩くだけです。

迷子になりそうなこともあったけど、
あのとき、私はどんな気持ちだったのかしらとか、
トランスって何?、とか、
今でもいろいろと考えてはみるのですが、
ただ、ときどきふりかえっていた私がいるだけでした。

晴れ時々トランス

次の文章の○○○○のところに、「トランス」と入れて読むと良いと思います。

「そういう〈本○○○○〉じゃなくて、まだ〈素○○○○〉。
なので働かなければならない。でも働くのは週三日以下。
そのために生活を縮小する。
まず家族を捨てること。その勇気がなければ「晴れ時々○○○○」という手があります。
三畳一間のアパートを隠れ家に持つことです。
それから予定を立てない。その日その日のハプニングを楽しむゆとりを持つ。」

出典は杉浦日向子著『一日江戸人』ですが、○○○○のところは「隠居」になってます。
「トランス」と読み替えても面白いと思いました。
ここに書いてあることそのままというわけではありませんが、それに近いことや、似ていることは、心当たりがあるかもしれませんね。^^;
自分を捨ててまで稼ぐのでなく、お金がなければ「生活を縮小」すればいい、かんたんな話です。
家族を捨てられなければ「隠れ家」を持つ。「三畳一間」というのは、かなり具体的なイメージですが、この「隠れ家」は、それぞれのイメージや、イメージの中のものでもいいと思います。

晴れ時々トランス。そんなに関係ないけど、HPのアルバムで「雨女」の特集をやるのもいいかも。

信じられないものの話、(脱線して)医療の目的

   (1)
恋愛とは、二人が別々の幻想を見ているだけではないかとか、同じものを見ていると錯覚しあうような二重の幻想ではないかとか、そういう不信感の話もあるのでしょう。
でも少なくとも自分自身の中の気づかなかった部分を、初めて気づかせてくれるような相手の存在というのは、感動ものだと私は思っています。
今日はそうではなく、世の中で信じられないものの話です。

政府や東電の発表というのはあまり信じられませんし、内閣支持率とか、政治というのはあまり期待しないほうが良いのでしょうね。

パソコンはときどき壊れますし、壊れるものだとわかっていますから、ちゃんとバックアップをとっておきます。機械は信用しないほうが良いと思います。

最近困るのは、新聞やテレビラジオからの情報です。かたよっているような、情報操作のためだけの存在になっているような気がして、世の中の見通しを悪くしています。

医療や薬品については、必要以上に頼らないほうが良いと思ってます。
   (2)
医療は、本来は、放って置いたら命にかかわるときに頼るものだったかもしれません(風邪も含めて)。
けれども、たとえば頭痛のとき、仕事を休んで一晩寝れば直るとわかっていても、頭痛薬を飲んで仕事を続けるような生活に、慣れてしまいました。お肌に良いといわれればサプリメントなどを日常的に飲みます。
仕事を続けるための頭痛薬というのは、治療のためというより、薬の成分によって頭をすっきりさせるための、そういう目的の薬だと思います。
医療には、病気の治療だけでなく、日常生活の不快感を除くという目的も加わってきているというのが実情でしょう。GID医療は、性別違和感という不快感から始まるとすれば、後者の目的に近いようにも見えます。

(私の中に医療不信のようなものがあって、その結果トランスジェンダーにとどまっている、ということを書こうと思いましたが、途中で脱線して、医療には治療以外の目的があるという話になってしまいました^^;)

Wikipediaの「性同一性障害」

Wikipediaの「性同一性障害」のページを久しぶりに見てきました。やはり医療的なことが、たくさん書かれてあります。性同一性障害は「医学的な疾患名」との規定ですから、そうなるのでしょう。
「他の概念との別」の項目に「同性愛、異性装、ニューハーフ、おかま」などの項目がありましたが、この部分の文章は別のサイトでそっくり引用されていたのを読んだ記憶があります。これらの項目はもちろん「疾患名」ではありませんが、「他の概念との別」とされています。

そして、一つのことに気づきました。
たいへん長い解説文の中に、「トランスジェンダー」という言葉が一度も出て来ないのです(参考文献の書名にはありました)。難しいことがあるのでしょう。

「おかま」について、「××の異称」などとハッキリ書けるのは医学用語だからなのでしょうね。こちらは文学サイトなので、「かまどとある語源の話」(忘れな草紙アーカイブス2005年3月)のときから、もっと婉曲な表現になってたと思います。当時はネットではこのことについて参考となるページはありませんでした。
「トランスジェンダー」という言葉については、当サイトは、1990年代に秋月香子お姐さんに教わった通りの用法で行きます。

幼き日の

幼児のころの私は、あまりモノを欲しがらない子だったそうです。あれも欲しいこれも欲しいといって泣いてだだをこねることはしない子でした。今でもほんとに自分の欲しいものが何なのか、はっきり表現できないところがありますね。
着ていた女の子の服を取り上げられて、ひたすら泣き続けた男の子の話を聞いたことがありますが、私ならどうしてたでしょうか。
モノは欲しがりませんでしたが、いつのまにか私は隠れてスカートをはいてみたりする子になっていました。小学校2〜3年生ごろからの記憶があります。
子どもというのは2歳ごろから親に隠れていけないことをする習性があるそうです。それがいけないことかどうか判断する基準は、親に叱られるかどうかでしょう。とするとあたしのばあいもやっぱり親に叱られたことがあったのかもしれませんね。はっきりした記憶にはないですけど。
こんどどういうのを着てみたいとかはあまり考えなくて、ただ見つかってはいけないと、そのことだけ考えていたような日々でした。

8月10日に泣いた鳩

私は小さいころから女の子になりたかったというのは、本当です。
でもそのことは誰にも言えなかったし、勇気も行動力もありませんでした。
なぜ言えなかったの、なぜできなかったのと考えても、ただ涙がとめどなく出てくるばかりです。
だからそのことは聞かないでほしい。私にも理由はわからないんですから。
自称女の子を問い詰めて泣かしてみて、どこが面白いというのですか?

NHKブックスの「かなしみの哲学―日本精神史の源をさぐる」 (竹内整一著)という本をみると、日本の歴史上の学者や文学者や僧侶などの考え方がたくさん紹介されています。江戸時代の本居宣長という人は、死についてもそうですが、人の力を越えたものごとにつては、ただ悲しむしかないんだと、それがいちばんいいんだって、そうした悲しみや涙だけが愛や理解のもとになるんだって、そんなことが書いてありました。もっと難しいことを言う学者かと思ったらそうじゃなかったんですね。
後の時代の学者や文学者たちは、男の子は泣いちゃいけないと思ったのかどうか、西洋の学問をたくさん勉強したりはしてきたけれど、江戸時代の学者の考えからあまり前へ進むことができていないようです。でも同じレベルでもいいじゃありませんか。みんな同じでいい。

ときどき思う存分泣いたなら、そのことはもう忘れて、次の日からは明るく楽しくやってゆきましょう。
泣いたカラスが、もう笑ろた。泣いた鳩も、もう笑うた。ククク……^^;

中性体形というより、未熟児体形?

昭和20年代のカストリ雑誌などでは、その方面へも理解のある先生がたが数多く執筆されていて、執筆者は違っても似たような見解を読むことがあります。そういうのは、その時代のおおかたの見方といっても良いのかもしれません。どんなのがあるかというと……
ふたなりの人は中性の体形というよりも未熟な体形にすぎない、というの。自分のことを思えばそうなのかもしれないけれど、中性という言葉の意味がはっきりしないので、なんともいえません。
それから腰幅が大きいというのもあります。こういう発言はなぜかゲイ系のほうに目立って、「第三の性」という本にもあったし、伊藤春雨さんあたりにもありましたね。
さらに理解ある先生のもとにはよく相談に来る人が多いけれど、彼女たちは要するに男を紹介してほしいだけなんだという話。理解ある知的な先生に対して挑発してくる人もいるそうで、そういうのはわからないでもありませんが、決して挑発には乗らなかったとどの先生も書かれていました。そういうひとことは蛇足の感じがしますけど。

可能性を秘めた過去

こういう感じの服装が最近の自分によく合っていると思います。
日傘か帽子があったほうがいいですしバッグも違うほうがいいでしょうけど。

ダイエットについては少しやせたと思ったらまた戻ったりのくりかえしですが、これからもそうなるのでしょうね。

何年か前にあるブログで、性転換は親が亡くなる年代になってからでいいじゃないか、そうすれば親に心配をかけずに済む、なんていうのをなぜかよく憶えているのですが、実際はそういうエネルギーは、だんだん薄れてしまうわけなんですね。とくに日本人は、親子関係以外にもいろんな人間関係に絡まれてしまう人が多いのではないでしょうか。若隠居でもしないかぎり、身動きがとれなくなるでしょう。

将来のことはわかりませんが、過去のことを考えれば、たしかに違う人生もあったかもしれないけど、けっきょくこういう人生でしかなかったわけです。それ自体は幸不幸のどちらでもありません。選択が正しかったとか正しくなかったとかいうことでもないですし、選択すらできなかったですけれど、
ひとことでいえば可能性を秘めた過去ですね。
……すこし、眠くなりました。

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