やさしい回想

松田聖子ちゃんの新曲は良いと思います。『特別な恋人』〜タイトルはちょっと「特別な」という言葉が、もうひとひねりできたら良かったかもしれませんが、歌は良いです。
> 年を重ねて、めぐり逢えたあなたは 本物の優しさ持っていた
詞と曲は竹内まりやです。青春の回顧と円熟のラブソングというか、聖子ちゃんももうすぐ、美空ひばりが『愛燦燦』を歌ったときの年齢に達するみたいですよ。

最近もう一つ聴いた歌謡曲は都はるみの『小樽運河』。1990年の復帰のときの歌で、詞は吉岡治。
> 別の生き方あったねと 四十路なかばの秋が行き
別の生き方があったかもしれないというのは、誰でも感じることなのですね。
やさしい回想……というのが、鳩子の詩の原動力でしたよね。思い出して、また書かなくちゃ

HP更新など


三日前にアップした動画です。BGMは1928年の「ウィーン奇想曲」。クライスラー(1875-1962)の作曲・演奏。音楽のテンポよりもブランコのゆれのほうが若干早い感じ。

HPのアルバムは2006年までで滞っていたので、2007年分のアルバムからは、1年間のセレクト画像を1ページに収めて、下へスクロールしながら見る方式にしました。

GoogleのChromeというブラウザを初めて使ってみたら、アルバムページなどでセンタリングされるべきブロックが左端になるなどレイアウトが乱れることがわかりました。試行錯誤の末、スタイルシートの div.??{margin:0} の"0"を"auto"に変更するだけで直りました(IEに有名なバグがあって、そのおかげでIEでちゃんと見えてたみたいです)。掲示板ログで、スレッドごとの枠から文字がはみ出ているのは、原因はよくわかりません。

YouTubeの利用

FC2ブログから記事を移動すると、infoseekも容量いっぱいになってしまいます。でもここの日記は、画像がないとさみしいです。
そこで、画像は外部リンクでということになると、それができるのはYouTubeですね。今後スライドショーなどをアップしても良いかも。

この動画は、別のところにもアップしてありましたが、「ノーカット版」にしてYouTubeにアップしました。音楽はメリーウィドーワルツで1930年代のSP盤のイントロ。使用ソフトはWindowsムービーメーカー。
今後もアップしてゆく予定ですが、これまでのストックは320×240のものが10本ちょっとしかありません。今後考えます。

はじめました。YouTube

26日の日記を29日に繰り上げてみました。

YouTubeに動画をアップしてみました。デジカメで撮った14秒の短い動画です。
BGMは、マザーグースでもあるアメリカ民謡の「ロッカバイベイビー」の前奏部分で、1960年のソノシートから拝借しました。民謡で50年前の演奏ですので、著作権は問題ないと思います。
夏のお昼寝にはぴったりの音楽かも。

この動画は前に別のところにアップしたこともあるのですが、そのときはラストを3秒ほどカットしました。今回はノーカット版です。ノーカットとは、つまり、動画モードでカメラのセルフボタンを押して、10秒後に撮影が始り、最後に再びカメラに近づいてストップボタンを押すまで、ということですよね。

日本語アクセントと作曲2

英語の歌は、言葉の強弱アクセントにしたがって、2拍子のリズムなら1拍目に言葉の強アクセントがくるように作曲されている、ということを前回書きました。
「ロンドン橋」の歌の最後はこうなります(太字が強アクセント)。
 「/イ・/フェア・/レイディー」

「レディー」は2音節なので、最後の小節には音符が2つ並びます。昔の日本の歌ではこういうことはほとんどなくて、最後の小節は音符1つ、つまり最後の音節だけを長く伸ばす曲ばかりです。「さいたー、さいたー、チューリップのはながー」という感じです。
これは日本語の言葉の最後に強アクセントがあるためではなくて、和歌を朗唱するときに句切りのところで長く伸ばす習慣から来ているのでしょうね。リズムは無視することになります。

余談ですが、「君が代」の作曲は、本当は「千代に八千代に(ー)」で長く伸ばさないといけないはずですが、伸ばさないですぐに「さざれー」と続いてしかも「れー」までが一続きであるかのようで、ここで息継ぎする子が多く、日本の歌の王道を行っていません。急いで作られたせいでしょうか。この二句目の句切りを無視するようなやり方は、NHKアナウンサーの和歌の朗読などにも大変悪影響を及ぼしていると思います。

さて昔の歌の作りはこんな感じです。

「/・窓を/明けれ/ばー、/・みなと/が見え/るー」(別れのブルース 1935)

「/ばー」「/るー」と伸ばします。作曲者が冒険したくても作詞が「七七七五」の定型ですから、こうなります。
新しい歌ではよりリズムを重視していろいろ試みられます。

「/窓辺 /に置いた/椅子にも/たれ、/あなた/は夕陽/見てた」(荒井由実 翳りゆく部屋 1976)

「も/たれ」「/見てた」のところは日本語としても自然な感じですよね。

というようなことを考えるのは、なにか作曲してみたいからなのです。

日本語アクセントと作曲

作曲家が歌詞に曲を付けるときは、日本語の高低アクセントに従って、音符の高低を決めてメロディーを作るのが普通だそうです。ただしそのアクセント」は標準語のアクセントのことで、アクセントに従うのは1番の歌詞だけのようです。
「夕焼け」という歌詞ですと、尻上がりのアクセントなので、"ソドドーレ"なんていうふうになりますね。
こういうようなな制限に縛られると、自由なメロディも制限され、リズムのことも考慮されません。團伊玖磨という作曲家は、それに疑問をいだいて、方言でオペラを作曲したりしたそうです。

外国の歌というか、たとえば英語の歌は、アクセントと作曲はどんなふうになっているんでしょう。
英語は、日本語のような高低アクセントではないので、メロディは自由のはずです。でも強弱アクセントというのがあります。これはたぶん、2拍子のリズムでいうと、1拍目に言葉の強アクセントが来るような気がします。「メリーさんの羊」で、1拍目を太字で書いてみます。
  「メアリー・/ハッド・ア・/トル・/シープ」
リズムの1拍目と言葉の強アクセントが一致します。
「ロンドン橋」ですと、
  「ロンドン/ブリッジ・イズ・/フォーリン・/ダウン
3拍子の歌ですと、
  「グッド/モーニング・トゥー・/ユー
やはり1拍目が強いアクセントです。
英語には単語だけでなく文にも強弱アクセントがあることがわかります。

ところで日本語には本当に強弱アクセントは一切ないのでしょうか。
たとえば「まっ赤な」という言葉は、「っか」の部分が高いアクセントですが、「ま」のところに少し強いアクセントがあるような気がします。普通は「ま」を少し強く言うと思います。
「まっかな秋」という歌では、「まっかだな」という歌詞で始まって高低アクセントに従って作られています。これを上手でない歌手が歌うと、音程の高いところを強い声で歌い、低いところは弱い声でという単調な歌い方だったりして、「か」に強いアクセントがあるように聞えて、おかしいのです。

それと七五調の歌詞では、5拍のうち最後の5拍目が、4拍子の1拍目に来ることが多いです。日本語はもともと語尾をあいまいにごにょごにょと弱く言ったり、「てにをは」が最後に来ますからやはり語尾を弱く言う言葉なのですが、歌では間違うと強く発音してしまうこともあります。英語の歌は上の3つの例のように最後のところに強アクセントがくることが多いのですが、ここが日本語と違うところです。
(でも最近の日本の日常会話は、語尾の「てにをは」を強く言う人が増えましたけどね。)

昔の唱歌で、「蛍の光」や「故郷の空」など、外国曲に日本語の詩を付けたものは、日本語の高低アクセントとはだいぶちがうメロディーですが、そんなにおかしくもないです。「仰げば尊し」は外国曲という説もあったと思いますが、メロディーが日本語の高低アクセントに一致しているので、外国曲じゃないでしょうね(外国曲説が強いです)。

かくれた70年代アイドル

1970年代アイドル歌手で、一人重要な人を忘れていました。童謡歌手というか、うたのおねえさんですが、その名は「小鳩くるみ」本名わしづなつえさんです。1950年代からずっとアイドルだったという話もありますが、それはさておき、某動画サイトで歴代のNHKうたのおねえさんのビデオを見ると、くるみおねえさんより前のおねえさんたちは、今の感覚からすると(もうしわけないけど)「おねえさん」と「おばさん」の中間という感じがしないでもありませんね。くるみおねえさんは、見た目も動きも可愛いですし、やっぱり正真正銘のアイドルです。
 歌うときの身振り手振りの動作は、最近のおねえさんたちは一人の振付師のもとで組織的に決められた動きのダンスなのですが、くるみおねえさんの動きは、ある程度まで自分で考えてるようなミュージカルスターの動きなんですね。歌詞で「困ってしまって」とか「生きているから悲しいんだ」と歌うとき、本当に困ってるような声、悲しい声になるのですが、そういう表情豊かな歌い方も、くるみおねえさんが元祖みたいです。「天才歌手」といわれるわけです。
 そういうのが1980年代の森みゆきおねえさんたちにも引き継がれているわけなんでしょうね。みゆきおねえさんも可愛いかったですが、映像の髪型はなんと聖子ちゃんカットでした。あの時代だったんですね。正確な年代を調べてみると1983〜85年ごろです。

三味線ブギウギ

YouTubeの海外の動画で、「ゲイシャ・シンガー」うめ吉の三味線ブギウギというのを発見。英語のページでしたが、声が市丸姐さんによく似ていたので、市丸姐さんの声に合わせて踊っているのかと思ったのです(はるな愛さんみたいにです)。でもほかのものを聞いてみて、本人の声だとわかりました。奇麗な声ですし、よく似てますよね、ブギのギが鼻濁音になったり。
amazonでもいろいろ試聴してみましたが、童謡より民謡や俗曲のほうが良い感じでした。
公式サイトをみると、なかなか美人ですし多才な人のようです。
http://www.satoh-k.co.jp/ume/

芸者の芸名で、○吉、○丸、○奴など、一見男性名のようにも見える名前は、何故なんだろうとは、よく話題になることがありますが、調べてみると、江戸時代に江戸深川の辰巳芸者と呼ばれた人たちが、男装などを取り入れた芸で売り出して、芸名もそのようにしてから、広まったらしいという話があります。もともと「芸は売っても色は売らない」というのが芸者なので、客から女性名で呼ぶのはふさわしくない雰囲気がありますし、粋ではありませんから、深川以外でもどこでもそういうのを取り入れる下地はあったわけなんでしょうね。けれど○吉、○丸などの○の部分は、たいてい女性的な名前になっています。

昔の作曲家のラジオ番組

昔ラジオ番組で聞いた記憶のことを書いてみます。
作曲家の團伊玖磨という人の番組がTBSラジオであったのですが、1975年ごろのことで、荒井由実の特集をしてたのです。團氏は荒井由実の作曲をすごく評価しているとのことで、一番好きな曲は「紙ヒコーキ」で、あの曲はすばらしいと、ユーミンにじかに会ったとき言ったんだそうです。そして「そのとき彼女何って言ったと思う? ボクがっかりしちゃったの」と言うので、何かと思ったら、「彼女が言うには、年配の方にはよくそう言われますだって」ということでした。年配のおじさんに見られてがったりしたということみたいです。でもあの歌はいいですね。歌詞の内容もシンプルだし、どこか懐かしい感じの曲です。ま、そういうところがオジサンオバサンにもわかりやすいというのはあったのかもしれませんけど。

もう一つよくおぼえているのは、1980年の秋のことで、作曲家の服部良一の番組に、デビューしたての松田聖子がちょこっと出たのです。服部先生は、べたぼめでしたね。聖子ちゃんは大作曲家の前で緊張してて、短い会話が少しあっただけだったと思いますが、「歌うときはどんなことに気をつけてるの?」「はい、口を大きくあけて歌うようにしてます」「それは良いことですね」というようなやりとりがあったのをおぼえています。「風は秋色」がヒットしていたときでした。

80年代の5枚

80年代のアイドル歌手になると、シングル盤だけでなく、アルバムで聞かせてくれるようになるわけですね。70年代の麻丘めぐみのころはアルバムの曲は古いスタンダードなポップスを入れたりしたらしいですが、80年代の松田聖子になると、アルバムも全曲オリジナルになります。

松田聖子のアルバムでは、「風立ちぬ」と「パイナップル」がかなり良いと思います。Amazonのカスタマーレビューではどちらも20件のコメントということで、やっぱりいちばん多いですね。2枚から1曲づつ選ぶとすると「一千一秒物語」と「ひまわりの丘」。カラオケにはないかもしれませんけど、今でも歌えます。
ちなみに「風立ちぬ」のB面は最近ニュースの話題に出てしまった鈴木茂プロデュース。

それから松本伊代の「センチメンタルI・Y・O」と「サムシングI・Y・O」。どちらも廃盤ですが、マニアの間ではオークションなどで高額取引されているかも。

もう一枚は薬師丸ひろ子の「古今集」。
(写真は90年代です ^^;)

思い出のアイドル歌手の歌

動画サイトを見てきました。ぐーぐるで70年代アイドル歌手の名前で検索すると、たいていは最初に画像が出て、Wikipedia、公式サイト、YouTube等の動画の順に出るのでつい見てしまいます。

南沙織は、けっこう小麦色だったんですね。
麻丘めぐみは、かなり可愛いです。振り付けやしぐさも可愛いですし、そのへんが人気爆発につながっていったのかも。
太田裕美の時代は、完全にロングスカートでしたし、そうなのですが、同じ時代のピンクレディーのミニは、やっぱりステージ衣装という感じなのでしょう。
岩崎宏美の8分の6の「あざやかな場面」1978年の歌だったのですね。

70年代は個人的には一部の歌にあった「一番大切なものをあげる」とか「息がかかるほどそばに」とかいう歌詞は、なまなましすぎて違和感を感じていました。80年代アイドルには松田聖子を筆頭にそういう歌詞はなくなるのですが、あらためて動画を見ていると、スカートの長さがきわどいです、前の時代のような言葉のきわどさはなくなって、そういうことですから、男の子はドキドキして見ていたのでしょう。松田聖子といえばフリフリの衣装という先入観がありますが、見えちゃいそうなのもけっこうあったんですね。

さて作詞家の松本隆氏によると、アイドルも同世代のファン層もいつか必ず年をとる、そのとき歌だけが時代に取り残されたのでは、支持は広がらないのだそうです。
作詞家は違いますが南沙織の歌は、確かにそのように作られてましたね。かつてのグループサウンズの熱狂が冷めたあと、現在残ったといえる一番は「想い出の渚」です。キーワードは「思い出」といえばわかりやすいかも。目の前のありのままを「写生」するのではなく、時間軸の上でも一歩離れて歌うのが、和歌を含めた日本の詩歌の本来の伝統らしいですからね

猫の歌と音楽

2月22日の猫の日には早いですが、猫の歌や音楽にはどんなのがあるか、思いついたので書いてみます。

クラシック方面では
ショパンの「猫のワルツ」。走りまわっている猫のイメージで、小犬のワルツに少し似てます。

ラツェック作曲の「猫のセレナード」。こちらはゆったりとした猫で、バイオリンが猫の声みたいで、可愛いですね。かなりおすすめ。

ロッシーーニの「2匹の猫の滑稽な二重唱」は題名の通りのソプラノ二重唱。

日本の歌です。
石川進の歌で「はなれられない友だちさ」(石川進ベスト 12曲め)。これは東映動画の「長靴をはいた猫」の中で歌われたもので、かなり良いですね。

吉田美奈子の「ねこ」は、少女の日の記憶を詩にしたもの。

童謡というか誰でも知ってるのは「猫ふんじゃった」ですが、
清水ミチコに「ネコふんじゃった」というパロディ曲があって、その中の松任谷由実編では「海を見ていた午後」の替歌で「♪猫が死んでいるわ 私が踏んだから♪」という文句があって、歌真似の声もそっくりなので、耳について離れなくなります。

その他では「黒猫のタンゴ」とか「猫じゃ猫じゃ」という明治のころの歌。
「犬のおまわりさん」は題名は犬ですが迷子の子猫ちゃんが主役のようでもあります。

猫がちょっと歌詞に出てくるだけならたくさんあると思いますが、そうでないものは意外に少ないかも。

★追加
浅川マキの「ふしあわせという名の猫」 そういう猫がそばにいるとしか思えないような時期は、誰にでもあるかも?

ビリティス

1970年代後半のころが懐かしく思えることがあります。
押入れの中の古いビデオテープを処分しようと思ったら、『ビリティス』という映画を録画したテープでした。思い出しました。フランスのデビット・ハミルトン監督の映画です。じっくり拝見いたしました(ついでにDVDにダビング)。
ストーリーはそれほどのものではないのですが、映像がとても綺麗で、たまにシャレたセリフもあります。少女と若奥様が男性不信におちいって、ま、ベッドで二人の同性どうしのラブシーンもあるわけですよね。水遊びのシーンも奇麗です。

1977年の映画で、世はアンノン族の時代です。彼女たちはこういう映画も見ていたのでしょうか。当時の私は、世代的には近いものがあるのですが、旅行はあまりしなかったです。でも懐かしいものを求めて都会を脱出してゆくような雰囲気は好きでした。

この映画は男性も見たと思いますが、まあロマンチックなポルノとして見たのでしょうね。男性向けのものにも、当時はそういうレズビアンというのでしょうか、同性もののジャンルもありましたからね。今はあまりないと思います。

ノスタルジックな8分の6

ノスタルジックな8分の6拍子のメロディーといえば、こちらでは竹内まりやの名前がすぐに出てくるのですが、松任谷由実にもありますね、「グッドラック&グッドバイ」とか「最後の春休み」とか。聖子ちゃんの「スイートメモリーズ」もです。

どういうわけか8分の6拍子と甘いノスタルジーは、よく合うんですね。なぜなんでしょう。

60年代ポップスでいうと、ヘイ・ポーラと、映画音楽では「夏の日の恋」とか。テンポは速いですけど「ジョニー・エンジェル」もそうでしょうね。

調べてみたら面白いブログがありました。
3連のバラード・コレクション
いい歌ばっかりで、おまけに「津軽海峡冬景色」までコレクションしてますからすごいですね。

60年代ポップスの8分の6拍子を聴いてると、なんとなくラテン音楽の影響を感じるときもあります。専門的なことはぜんぜんわからないのですが、
「カオスビートリミックス」さんのポピュラー音楽用語のページ
http://www.hat.hi-ho.ne.jp/suetaro/tt_ka.html
ここを見ると8分の6拍子はやっぱりラテン音楽が多いみたいです。

童謡歌手のこと

1970年代にピンクレディーや天地真理がデビューする前の子どもたちにとってのアイドルといえば、いちばんはやっぱり小鳩くるみでしょうね。童謡歌手といわれていますが、大人の歌と子どもの歌が別れていた時代なのかも。
小鳩くるみといえば、アタックNo1の鮎原こずえの声ですが、主題歌は違う人でした。ディズニーアニメの白雪姫では、声だけでなく歌も良かったですね。少女雑誌には写真がよく載ってました。世代的には団塊の世代になるみたいです。今は大学でマザーグースの研究をしてらっしゃるそうです。

主題歌といえばコメットさんの九重祐美子もいましたね。ザ・ピーナツとか森山加代子とか弘田三枝子も、子どもに人気がありました。

その前の時代の童謡歌手といえば、近藤圭子という人で、姉から譲りうけたレコードではいちばん多いです。ネット検索で当時のブロマイドを初めて見ましたけど可愛いですね。今はハワイに在住らしいです。
近藤よし子という人もいて、あたしはずっと姉妹だと思っていたのですが、よくわかりません。月光仮面の主題歌があまりにも有名すぎます。姉妹だと思ったのは、昭和20年代に川田正子さん孝子さんの童謡歌手の姉妹がいたからです。
川田正子さんは2006年になくなったときNHKの特集番組を見ましたが、戦時中から歌い続けたという、特別な運命のもとに生まれた子どもだったのでしょう。戦後の少女雑誌でも人気で、写真ではスカートがだいぶ短いです。テレビはなかった時代ですが、映像メディアと歌の両面でアイドルだったのは、彼女が元祖なのかも。

戦前はどうだったのでしょう。少年倶楽部に載った高畠華宵の挿し絵が悩ましかったというある男性の話を聞いたことはありますけど。

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