桔梗の話

 秋の七草の一つ、「朝顔」とは、つまり桔梗のことだいわれていると、どの辞典にも書いてあります。五角形のラッパのような花の形は似ていますね。桔梗の写真は、これしかありませんでした。
 桔梗の話では、桔梗屋の文吉の話はどうでしょう。

 名門の家の武士でありながら、鼓の芸に打ちこみすぎて、浪人となった男、難波の天神橋あたりの長屋に移り住み、鼓の指南などをして、やっと暮らしお立てていたという。
そこへ、いつのころからか、桔梗屋の文吉という美童が、弟子となり、深い関係になった。雨の日もいとわずに通ってくる文吉のことを、人々は「世間にはもっと有名な師匠もあまたある中に、あれほど良いなりをして、なぜ、あんなにみすぼらしい男のもとに、金品まで運ぶのだろう」と、不思議がったとか。(男色山路露、鼓による恋)
 芸能や芸術の道ではとくに、たいせつなことなのでしょうね。

あら、しらじらしや×婆娑羅かな



『稚児之草紙絵詞』の巻末の絵が、
『江戸の色道』(舜露庵主人)という本に
載っていましたが、
セリフ(詞書)の読み方が変に思いました。

学術研究のため、左に同書の挿絵と
その問題の読み方を掲げてみます。


> 僧「うまれてこのかた、見てしたる事はいまだ候わず。
>  よき癖と思し候。あわれ、おわそうかな」
> 童「あらしかじや、さに候いしや、いかなる御事と候ぞ」
>(同書より)

「おわそう」は変な言葉ですし、童のセリフは全体が意味不明。

以前、自分で読んで保存しておいたファイルを見てみました。セリフには「二」「一」と番号があり、一から順に読むわけです。
ベッドシーンの絵で、僧が大きな明るい燭台で照らしている絵です。
きちんと読めば、わかりにくい話ではありません。

一(稚児) あら、しらじらしや。さもしや。いかなる御事ぞ。
二(若僧) うまれてこのかた、見てしたる事はいまだ候はず。
  よきくせ(癖)とおぼえ候。あはれ、御はさら(婆娑羅)かな。

「しらじらし」は古語で、明るいという意味です。「婆娑羅」はいかにも寺院文書の言葉で、常識破りで新しい変わった趣向、といった意味でしょうか。現代風に言い替えてみると、次のようになりますが、これなら、明るい燭台の意味もわかるでしょう。

稚児「ちょっと明るすぎない? いやらしい。どういうことなの?」
若僧「見ながらするのは生れて初めて。クセになりそう。これがニュースタイルさ」

女が暗くしてといい、男が明るいところで見たいというのは、よくある食い違い。
『稚児之草紙』のあらすじの紹介は8月1日に書きました。

雲の顔

今まで撮った写真は、ほんとうにたくさんあって、ひとつひとつ見ていると、やっぱり飽きてきますよね。
それでも、写真の片隅に見知らぬ草花とかいろんなものが写ってたりするのを見つけるのは、楽しいのです。空に写った雲もいいですね。

子どものころは空の雲を30分も1時間も見ていました。人の顔に見えた雲が、風で動いてだんだん形が変わってきます。それでも最初の顔のイメージがあるので、少し形が歪んでも、イメージで補うかっら、やっぱり人の顔なのです。それが、ちょっと目をそらして、もう一度その雲を見たとき、もう顔ではなくなっているのです。
目をそらしたのが、いけなかったのでしょう。

歩き方と骨盤のこと

好評?の骨盤シリーズです。
去年7月に思ったことは、腰のいちばん幅のある部分は、大腿骨の外側部分なので、骨盤よりも大腿骨に注目したほうが良いのではないかということでした(「骨盤を広げる方法?」)。

その答えになるかもしれない、整体関係のページがありました。
http://www.ab.auone-net.jp/~momi/ban.html「骨盤の横の骨が出っ張っている」
とても詳しい解説ですね。でも、とてもわかりにくい文章です。わかりそうなところを拾って読んでみると、「太腿骨の付け根のでっぱり」は歩き方の矯正で治るようなことも書かれています。
今年になって、姿勢の問題を考えてみましたが(腰幅の広がる姿勢)、歩き方というのも重要なのでしょうね。

その解説ページによると、なんとなく、XO脚の女性に下半身太りが多いように読めます。
そのページの3つめの見出し「骨盤が大きい・骨盤が開いている」の少し後に、
「(足が外旋)+(股関節は内旋)の組み合わせで足とお尻が逆向きにひねられて無駄な力を使ってしまうので脚が太く、お尻が下へ引張られたようなお尻の下の方が大きいヒップなります」
と書かれていて、この部分はなんとなくわかりそうな気もしましたが、やっぱりわからないですね。

とにかく、「悪い歩き方」をすれば、大腿骨の付け根のところが、太くなるし、「良い歩き方」をすれば、細くなるということなのでしょう。足とお尻を逆にひねるのが悪い歩き方ですか……?、ひざは内向きなのに、つま先は外側を向いていると、そうなりやすいのかしら? 別のページでお相撲のすり足のような歩き方がダメともいってますね。どんな歩き方なのか、もっとわかりやすく解説してくれる人がいるといいですね。

私自身はそんなに悪い歩き方ではないと思うのです。大腿骨の付け根は、そんなにふっくらしていませんから。なので、少し悪い歩き方にしてみたらどうなのかしらと思うわけです。^^;
一般女性の皆さんは下半身を細くしたいのでしょうけど、トランスの皆さんはその逆なので、見苦しくない程度に、悪い歩き方をとりいれてみるとすると、どうなるのでしょうね。もっとわかりやすい解説があるといいですよね。

私も20年くらい前にO脚を矯正して、O脚とXO脚の中間みたいになっているのですが(左写真)、おかげさまでそのとき腰幅も少し増えたかも?。矯正といっても自己流で、ぺたんこ座りをできるようにしただけでした。
歩き方については、近年は、自然にウエストのひねりが少し加わったので、さらに意識してひねるようにしてます。そのとき骨盤の動きは、すり足と似てますよね。右足を出したとき、お尻も右へ向くわけですから……??

つらかった時期?

ネットを始めてからいちばん体調が悪かった時期は、2005年6〜7月でした。全記事一覧を見ましたが、かといって更新が少なかったということはありませんし、書きながら、からだがつらかったという記憶もありません。書くことで、そういった苦痛は忘れているのでしょうね。
あえていえば、6月8日の 10分の1のしあわせ。なんとなく、からだのだるい感じをおぼえています。
8月6日の 99%は何日かかるでしょう。これも似たような感じですが、コメントのレスをしながら、からだが楽になってゆく感覚をおぼえています。
杉浦日向子さんが亡くなったり、小泉首相のあの総選挙があった年です。
ちょうど7年が過ぎました。
そのころの写真。サルビアの花が咲いていましたね。
(今日の日記は息抜きみたいなものでした。またがんばって書きましょう)

JポップとGID

岩波新書『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業』烏賀陽弘道著
という本は面白かったです。
広告会社とテレビとその背後にあるスポンサーを含めた「Jポップ産業複合体」の話とか。それらが市場を拡大もすれば、商品品質を単一化もするわけでしょう。

数あるCDの中から、自分にふさわしい1枚を選んで所有すること。それは、自己アイデンティティの確認行為であり、他の行為には替えられないもののように見えるときもあります。それがお金で簡単に買えてしまうのです。自分にふさわしいとは、夢をめざしてがんばる自分、おしゃれな存在でありたい自分、などです。
ここまで書いて思いました。彼らはアイデンティティを「自分で決める」のだと。そこである本で見た「性別の自己決定権」という言葉……違和感のあった言葉ですが……、時代も同じですし、似ているところがあるのかもしれません。ただし当時は「GID産業複合体」は見えていませんでした。

Jポップという言葉が生れた1988年ころは、大瀧詠一、サザンオールスターズなど、どんな海外音楽に影響を受けたかがわかりやすい音楽をJポップと呼んだそうです。それは大瀧詠一氏の分母分子論でいうと、分母がはっきりしているもののことですね。
でも以後はなんでも有りになって行きます。分母はよくわかりません。2次的3次的影響となると最初の元がなんだったかわからない状態。それがJポップの特徴なのかもしれません。そのへんのおじさんの鼻唄メロディーでも、今風にアレンジすればそれらしく聞こえることもあるでしょう。
Jポップ初期のころは歌謡ポップス調すら排除したそうですが、新商売は過去の利権を排除するものなのでしょう。でもそのおかげで産業複合体から提供される選択肢はとても種類が少なくなりました。種類が少なければ選択や「決定」に迷うこともないだろうという親切。そして過去を排除すると新教祖のようなものが乱立することになります。
ナイアガラーの内田樹氏ではないけれど、過去から続く歴史の中で自分の立ち位置を確認することは、大切だと思います。JポップとかGIDという枠組を排除することで、そのきっかけを取り戻せると思います。

オリジナルをこえて

明日につながる詩

自分で書いてみて、
こういう詩は、昔どこかで聞いたような……、
そんなふうに思えたときの、詩が、好き。

このお話も、昔どこかで聞いたことがあるような気がして、
日記を書いていても、そんなふうに思えたときの、不思議。

どこで聞いたのだったか、思い出しても思い出せないけれど。

それは君のオリジナルだと、ある人はいうけれど、
少しはそういうところもあるのかもしれないけれど、それだけでもないような……。

今日また思い出してもわからない、永遠の謎。
共感してくれたあなたが、教えてくれると思ったのに。
あなたの微笑みの中に、明日また思い出してみます。

稚児之草紙

稚児之草紙『稚児之草紙』という絵巻物は、稲垣足穂の『少年愛の美学』という本でよく知られるようになったものと思います。トランスジェンダーだけでなく、男色やゲイ、ボーイズラブ(BL)の分野でも知られた文献ということになります。真言宗のお寺で保存された稚児の草紙の奥付には、元享元年(1321)とありますので、鎌倉時代末期という時代になります。
5つの逸話が書かれています。

第一段
仁和寺の高僧に寵愛される稚児が、最初の床入りのための準備をする話。「めのと子」という養育係の男に手伝わせ、張形も使うけれど、男の実際の物でも稽古します。現代的な意味での初体験の相手は、めのと子の男ということになりますが、そこは価値観の異なる時代の話です。秋夜長物語など他書の例によれば、稚児の床入りの年齢は十六歳です。
「めのと子」とは、通常の高貴な子なら乳母(めのと)に養育されるのですが、女人禁制の場所なので男子がそれに当たるのでしょう。
ローションとして丁字油を使ったといいます。丁字油は、フトモモ科の樹木である「丁字(チョウジ)」から採取される油で、刀の手入れなどにも使用されるらしいです。
いざ床入りの直前に、火鉢で稚児のお尻を温めるとか(画像参照)。

第二段
新かまの里で、心ざしの深い僧と稚児が、秋の夜に萱群の中で密会する話。毎夜のことになっても人に知られることがなかったのは、本尊の御助けによるものだといいます。
「心ざしの深い」とは、仏法への志、そして僧と稚児との愛情とが、合一されたものとしているようです。密会のような形でも本尊のお助けがあるというのは、そのためなのでしょう。親しい関係は生涯続いたといいます。

第三段
嵯峨の辺の高僧に寵愛されている稚児が、自分に深い思いの下級の僧がいることを知り、僧を呼んで湯に入る手伝いをさせたときに、その思いを受け入れる話。
本尊の話は出てきませんが、高貴な稚児は、下級の僧へ施しをするものだということでしょう。

第四段
法勝寺の高僧に寵愛される稚児が、自分への思いに痩せ衰える下級法師を呼んで、足を洗わせるときに、情けをかける話。他の下級の僧侶たちに対しても同様であったといいます。
趣旨は第三段と似ていますが、稚児からの施しは複数の僧に及びます。

第五段
北山の高僧が稚児を寵愛しすぎて、他の寺の僧はあまり立寄りにくくなっていたのでしたが、ある若い僧が稚児に思いを寄せ、稚児の寝室(塗籠)に潜みました。稚児はすぐに気付きましたが、驚くこともなく、物語りを諳誦しながら、外に気づかれぬように若僧をもてなしたという話。
物語とは、幼少の童を寝かせるために聞かせたのでしょう。このお寺ももう少し心を開くように、若い僧と稚児の心ざしがきっかけになったということなのかもしれません。高僧といえども一人の稚児を独占するのは好ましくないということでしょう。
五段の話とは別の絵がいくつかあり、詞書に「ばさら(ばさら」という言葉が使われているものがあります。
(「足穂版男色大鑑」付録の復刻絵巻「稚児草紙」等をそのまま通読してまとめました)
原文の 読下し・稚児之草子 も御覧下さい。

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