盆踊りと若衆

<江戸の十二ヶ月シリーズ>

江戸時代の西川祐信の挿絵と思われる『遊色絹篩』という本だと思いますが、盆踊りのことが書かれています。
日本の盆踊りは、若者が恋人を見つけるためのイベントでもあったのですが、盆踊りについては親も公認の行事だったというところがミソなわけです。
この本は艶本なので文章もそのような表現がありますが、こんな感じです。

「正月より盆がうれしいとは、いかにきつねが七匹つくとて踊に歩く事 親たちも許し給ふ。なんの踊りが面白かろぞ、ほれたといふた男と連れ立つて歩き、夜明くるまでどこでもかしこでも宿も定めぬ軒の下、又は小宿の店の間の蚊帳のあちらで一踊り、声のかれるほどよがり、男の舌のひりつくまで口をすい、此思ひでをうつそりとしらぬ親たち、聞かれたら手をうたるるでござろふ。とかく踊りは四つすぎからと、出立つた姿も若衆のしりからも又して見さんせ。あすの夜は、はな紙たんと入て出ませふ。」

恋人とは、生物学的な異性に限らないようですね。

森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』にも盆踊りのことが書かれています。

「これまでも度々見に往ったことがある。もっと小さい時にはお母様が連れて行って見せて下すった。踊るものは、表向は町のものばかりというのであるが、皆 頭巾で顔を隠して踊るのであるから、侍の子が沢山踊りに行く。中には男で女装したのもある。女で男装したのもある。」

別れ道〜男道と女道

古い由緒のありそうな神社やお寺の長い参道を歩いて行くと、途中で道が二つに別れて、一つは「男道」、一つは「女道」と案内板などに書かれていることがあります。
あなたは、どちらの道を行きますか?
男道は、急坂になっていて、まっすぐの道です。女道は、遠回りの道ですが、緩やかな坂になっています。
女性やお年寄りや子供は、女道を行く人が多いようです。女性でも足腰を鍛えようという人は、男道を通っても現在は問題ないのではないでしょうか。
人生の別れ道ではありませんので、どちらを行くか、悩まなくても簡単に選べます。
Google 検索"男道 女道"
女道(または男道)を通ったからといって、女(または男)になれるわけではありません。
比較的有名な女道(または男道)を33ヶ所くらい選定して、33ヶ所を走破したら満願なんて、シャレとしては面白いかもしれませんね。

(画像の文字は合成です)

相槌の女王

むかしは人の話に意味もなく相槌を打ってた時代がありました。
そういうとき男性はわりとポーカーフェイスです。男性以外の人にはときどき怪訝な顔をされます。

ときどき、ふーっと気持ちがその場にいなくなるときがありますよね。
それでも話には相槌を打つわけですから、ほんとに、もう、
相槌の女王みたいなものでした。

だんだんネットで言葉をやりとりすることが多くなってくると、相手の言葉はハッキリと文字として私の目の前に現われて、私を現実に引きもどすのでした。短い相槌の言葉だけでは済まされない感じ……。

facebook と Hatoko History

ホームページのアルバムでは「Hatoko History」がいちばんアクセスが多いようです。写真を見る人と一緒に20年余りを簡単に振り返るページでした。コメントは少し物足りない感じだったかもしれません。
そこで「Hatoko History その2」を考えたのです。1ページを広いレイアウトにして、ところどころに写真を散りばめて、世の中のできごとや私のことなどのコメントをたくさん入れて、1ページが1年分です。

facebookでは、タイムラインという表示モードができたので、写真入りで簡単な自分史が作れるようになったみたいです。あれはいいかもしれませんね^.^。

facebookの規約には、個人情報が流出したときの損害賠償などの規定が全くありません。したがって保障についてはほぼゼロであることが明確です。落ち度のある規約とも考えられますので、個人情報の記載はほどほどとなるのでしょう。

「100の質問」に思う

相互リンクさんのお二人(純女性)が「ロリータさんに100の質問」にせっせと回答しているページを見たことがあります。それから、「FtM(TG,TS,TV)に100の質問」というのも、ネットで何種類か見ました。
でも「MtF(TG,TS,TV)に100の質問」はまだ見たことがありません。なぜなんでしょう。

そこで自分で作ってみようと思って、やってみたのですが、やっぱり根気がないとダメですね。
根気がない人が多いから、誰も作ってないということなのでしょうか。

それから、ニューハーフさんとか私のような人は、答えるとき、何問かに1回は必ずギャグを入れて笑いを取らないと気が済まないような人たちが多いです。だから質問を真剣に作ってみようという気にならないんでしょう。愚問に対してユーモラスに答えることができるのがユーモアのセンスなのですから、そういう人にとっては質問は愚問でいいわけなのかも?。

でもやっぱり誰かセンスのいいものを作ってくれるといいと思います。

少年にかえしてあげる

(一部にやや成人向きの表現があります)
Hさんとの出会いからもう6〜7年が過ぎました。
当時63歳の彼は、大きな病気をしたとのことでしたが、メール交換が2〜3か月続いたあと、療養施設から遠く離れた私に逢いに来てくれたのでした。
私は彼の指定したシティホテルの部屋を訪れました。

彼は文学や哲学を愛するとても知的な人で、若いころに女装の趣味もあったそうです。50代初めに何か「しくじった」とおっしゃってて、事業か何かに失敗したということなのでしょう。表面は穏やかな紳士で、ときどき少年のようにはにかんでお話しする表情の奥に、激しい情熱のようなものを感じさせる人でした。

私のことは雑誌「くぃーん」のころからよく知っていたそうで、ネットで見つけてメールを下さり、「良い女になった」と言ってくれました。「良い女」の意味は、スレンダーからやや豊満型になった容姿のこと、それから文章の上達のことだと思います。

「自分は鳩子のために何ができるだろうか」とおっしゃってくれて、それはジャーナリズム的な売り込みについてのことのようでした。
私はそういうことにはあまり関心がなかったですし、彼自身が、啓蒙主義や上昇指向を嫌う人だったのに、なぜそんなことを言うのかしらと思ったのですが、私への愛情の表現だったのだと思います。そういう業界の人だったのかもしれません。
約束した日のことを、私が「逢い引き」と言ったら、彼は「不謹慎なことを言ってはいけない。作戦会議だ」とおっしゃいました。

約束の冬の雨の日の午後、シティホテルに着いた私は、人ごみをかきわけ、エレベーターの前に行くと、急な静寂に少しめまいを感じました。その感覚のまま、エレベーターは私のからだを階上へ運び、気がつくと彼の部屋をノックしていました。

静かな部屋での長い語らいの間、彼は姿勢も崩さず、微笑みを絶やしませんでした。少年のような瞳で哲学を語ったり、はにかみながら昔のおかまバーの話もしてくれました。2時間くらいはすぐに過ぎてしまいました。
「少しからだを伸ばしてもいい?」
私がベッドに腰掛けて後ろへ倒れ込むと、彼も横にすわり、そして重なって来ました。
私のからだをまさぐる彼の腕はとても弱々しいものでした。私は自分でスカートを脱ぎ、下着姿のまま、胸の上で彼の首を抱き寄せました。彼はいつのまにかズボンを下げていて、私は、ももに暖かく固いものを感じながら、二人で抱きしめあっていました。
しばらくすると、彼の動きが止まり、私のももに少しの液体をかけました。
彼は少年のようにはにかみ、私も微笑みながらティッシュをとると、ほんの少しでした。
彼は、明日また療養施設に戻ると言いました。
「お大事にね」、そう言って、……その後も3か月余りメールのやりとりをしていたのですが、私の更年期的な体調不良でついメールが跡絶えてしまいました。

彼は今はもう70歳に届く年齢で、病気のことを考えると、心配になることもあります。
あの日の少年のようなお漏らしのこと。老齢になると男性は少年に帰っていくのかもしれませんよね。
少年にかえしてあげたのは私、なんてうぬぼれていたのです。

二人旅ができたら

(テーマは、「トランスジェンダー」です)

自分の人生だから悔いのないように、なんて誰が言ったのでしょう。
そんなの自分で決められないよと思ってる人も、たくさんいると思います。私がずっとそうでしたから。

学校だって誰かにすすめられて決めたし、就職だって似たようなもの。中には他になかったからとか、家業だからとか、そういう人もいるでしょう。それでも、そういう中でみんなせいいっぱい生きてきたと思います。
学校や就職は、外から見てたときのイメージと、実際に中に入ってみてわかったことが違うのは、当たり前です。やる前からわかっていることなら、やらなくてもわかっているわけですから、やる必要がありません。やっても意味のないことです。普通の場合は(例外もありますが)、思ってた通りでないからといって、選んだのは間違いだったのではないかとか、そんなことを考えてもしかたないことです。

仮りに自分の意志で選択したようなことを言ってみても、マスコミやネットの情報に煽られただけかもしれませんし、そうでないと言い切るのは難しいはずです。ただ夢中で生きてきただけなのに、振り返ってみて、あれは自分が選んだことだったと考えるのは自由ですが、何でも自分が決めたことにしたいのは、そのときの自分に自信がないことの裏返しともいえます。

そんなわけで、他人に決めてもらうのも、一つの方法だと思います。

若いうちなら、恋人を作って、その彼氏と1週間でも何週間でも旅行に行けば良いと思います。若い時代なら無銭旅行みたいなのにも憧れますね。見知らぬ土地で頼れるのは彼しかいないことが身に染みます。1か月くらいして帰ってきたとき、もう元の生活には戻りたくないと思うか、それとも、早く元の生活に戻りたいと思うか、どっちかでしょう。

元に戻るということは、旅を一つの有意義な経験と考えて、それを生かして、元の生活を更に充実させて行くということかもしれません。それとも、旅先でホームシックにかかってたからというのが本音かもしれません。

戻りたくないというのは、慣れてしまったのでこのままで行きたい、変えるのはめんどうだし、それに一人じゃないんだし、ということ。
たぶんその時点では、元に戻らないほうが楽だし、人間は楽なほうを選ぶものです。将来のことはそのときになって考えれば、なんとか乗り切れると思うものです。
若いうちなら、それも可能でしょうね。

自分史のために

自分史を書く話です。何かの診断用ということではなく、普通の自分史です。
某Y貴さんのように、人生の節目ごとに整理しながら近しい人たちへの愛情をこめて、過ぎ去った過去を淡々と、飾らずに、しかも今も色あせないほどの生き生きとした思い出として綴ってゆく書き方は、とても良いと思います。
ただ、普通の人は、波乱万丈といった面が少ないので、そのまま真似してもぎくしゃくしたものになると思います。私のように、整理が苦手で、そのくせ思想や歴史的価値観が文面に出やすい人の場合は、注意しないといけません。
でもいちばん大事なことのいくつかは確認できると思います。人への感謝というテーマもその一つです。感謝といっても、権威の傘の下に入れてもらったとか共謀して金儲けしたとか、そんなのはもちろんダメで(そういう経験もないですけど)、それは当然です。
あまり自分を主人公にせずに、その時代のファッションや風俗、同世代の人たちの動向などにも重きを置いて、切なく愚かな人生だけど、皆んなと同じ優しさと、だけど時代におもねない清らかさも見つけたい。人以外のものごとに対しても、自然や、時代にも、ありがとうというしかないのでしょう。

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