スピード社会への疑問

(最初のタイトル「良いウソをつきましょう」を改題)
この「日記」も、身の回りのことやプライベートなことは、ほとんど書かずに、よくこれだけの量を書いてきたものだと思うこともあります。
一部には、オブラートで包んで書いたり、遠まわしに書いたりしたものはあります。その日に流星群を見たと書くことはありましたが、どこそこの住所で見たとは書きません。
もともと、世の中のうわべの現象に左右されないようにしようという意識は強い人なので、表に見えないものを見ようと努力してきたことが、何か書くのにとても役立っていると思います。

インターネットといえば、スピーディな情報が一番と考える人も多いのかもしれません。でもそのことがおかしな方向へ進んでしまいました。地方の選挙速報で誰が当選したかを知るのには便利です。でもスポーツニュースはどうでしょう、どのチームが勝ったという結果かわかればいいというものでもないと思います。試合結果以外のことが報道されても、それは予め用意された予定原稿を読まされることが多くなりました。他社より遅れてはいけないのでそうなります。ある新聞でも、勝った試合は何もかもうまくいってファンの思い描いた通り、負けた試合では言い訳じみることもありますが、文章を読んでいる限りはまるで勝ってるかのような気分の盛り上がりの記事もあります。リアルな現実感がなく、何が事実なのかもわからなくなります。そういう報道は、政治のニュースでもよくあります。政治ニュースの場合は、現実をわからなくして、意図的な世論誘導をしているので悪質です。
スピードを要請される社会では、情報は全てそのような予定原稿ばかりになってしまいました。そこからは新しい発見は何もない、そんな気がしませんか?

何を書こうと思ったのでしたっけ。プライベートなことを書かないのは我が身を守るためでした。でも、おかげで世の中のことがだんだん見えてきました。
でも身の回りのささいなことを書きたい衝動にかられるのは、いつものことです。書いたら楽しいでしょうね。でもあとで憂鬱になることは確か。何度も経験済みです。

オブラートに包むというのは、その日の喜怒哀楽の激しさを和らげるということですが、怒りは悲しみになり、喜びは別のものへの感謝へシフトしてゆきます。
それから期間をおいてから思い出として書いたり、人から聞いた話に化けてたりします。
そういう意味では、ウソばっかりの日記です。ごめんなさい、でもほんとのことばかり書いてある日記でもあるのです。良いウソをつきましょう。
(純粋なエッセイや思い出話にウソがあってはいけません、もちろん)
これって、去年の1月に、その年のテーマのように書いたことでした。当時は漠然と書いたのですが、今になって少し具体的なイメージになりました。

ブログを始めたけど何を書いていいかわからないという人。新しい情報しか価値がないというような今の風潮に染まってしまっているからではないですか?

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