ふりむけば、トランス

なぜこんなふうにして、私は歩くのでしょう。
そして、どこから来て、どこへ向かって行くのかも、はっきりとはわからずに、ただ散歩しているだけ。

ただ初夏の風がほほをなでてゆく心地よさは格別で、
今年もまた緑があらたまってゆくのが感じられるのが、しあわせ。

そして、ときどき、ちらちらと、ふりかえりながら歩くだけです。

迷子になりそうなこともあったけど、
あのとき、私はどんな気持ちだったのかしらとか、
トランスって何?、とか、
今でもいろいろと考えてはみるのですが、
ただ、ときどきふりかえっていた私がいるだけでした。

祝 atpages.jp さん復旧

26日午後から、HPが全くつながりませんでしたが、28日の夜になってやっと復旧しました。
たまたま連休の初日で、少し時間がとれたのが、かえって災いしたというか、移転作業がだいぶ進んでいたのでした。もう、その必要はないようです。

移転予定だったジオシティのあのページのほうが、表紙のデザインが良くできたみたいです。メインでないのは、もったいないですね。
移転のつもりで少しコンテンツの整理をして、表紙に新メニューを2つ予定してました。

1つは「Hattie's Talk」
2003年の「おしゃべりコーナー」の復活ですね。当時は短い話ばかりだったので、日記に統合してしまったのでした。Hattieとは、ハトコのことです。

2つめは、「ウェンディの江戸コラム」
「読書のコーナー」とは別に「江戸もの」をまとめたいと思っています。用語辞典なども必要かも。ウェンディとは、江戸の人? ……エツコさんのことではないでしょうか。ツは濁って、エヅコと読むのかもしれませんね。服部衣通子さんのことかもしれません。
^o^;

さて、最近のアクセス解析によると、HPと日記の表紙を除いて、月間アクセスの多いのは、

867 ギリシャ神話とアンドロギュノス 
199 手作りヒップパッド       
136 手塚治虫のアンドロギュノスたち1
123 骨盤を広げる方法? (2011.7.13) 
94 Scrapbook2 日本史エピソード 
68 ヤマトタケルと新羅花郎
(当初、以下に4項目を記載しましたが画像検索の影響なので略す)       

月に867ということは1日平均29回くらい。この日記のtopより多いです。復旧してよかったですね。検索エンジン頼みのサイトですから。
忘れな草紙アーカイブスのうち、解析タグを付け忘れてたページがだいぶありました。上記には入ってきません。今回のトラブルで気づきました。

まことある恋

 江戸時代の物語のあらすじです。
奈良の春日屋という大店の息子の鹿之介は、若いのに、かげま狂いとなり、いつしか難波の三保木という太夫と深く馴染みとなって年月を送っていた。三保木の年季が終わったあとも、二人は永遠の誓いを立て、いっそう深く親しみ、鹿之介は三保木の親の暮らしまで助けた。
しかし鹿之介は、使い込みを父に知られて勘当となり、やむなく江戸へ旅立とうとするとき、三保木に暇乞いに出向いた。三保木は日々の愛とやさしさへの感謝を述べ、早まった気を起こすなと鹿之介をいさめる。
三保木も江戸へ行き、寺や遊里を渡り歩いて働き、鹿之介を支え続けた。
そのことが、奈良の父の耳に入ると、父は、そのような職の者は金を取るだけ取って客に金がなくなると相手にもしなくなるものであるのに、立派な人間に違いないと、息子の勘当を解いて三保木まで「弟分」として養子に迎えた。二人はよく働き、三保木の「やさしき心より、固き親仁様の心までやはらぎたる」といい、義父への孝行もよくし、客の誰からもほめられ、店は大繁盛したという。

……いい話ですね。
こんなにいい男なら、どんどん貢いであげたいですが、でも最初は鹿之介のほうから貢いでくれて、勘当になってから、お返しとして男へ貢いだのです。最初にそれだけのお金が自由にできたということですよね、鹿之介は。

三保木は「弟分」となったのですが、その後の二人の関係が、よくわからないのです。店の経営については、兄弟経営なののか、それとも夫婦的な経営になったのか、江戸時代は道楽息子があとを継ぐことはほとんどなく、たいてい養子をとるらしいですけど……、それはともかく、「弟分」となったあとで、さらに「やさしき心より、固き親仁様の心までやはらぎたる」ということが強調されているのです。なので、かげまのようなトランスジェンダーとして夫婦的な関係だったと期待したいところです。そしてこういう話はたいてい、実話を元にしたものが多いらしいのです。

『まことある恋』(『男色山路の露』より)という話です。この話の内容は挿絵の印象と違います。

体育といえば

休日にはハイキングに出かけて、芝生の上にちょっとハンカチを敷いて腰をおろして、ひとやすみ……。

写真のようなすわりかたを「三角すわり」とか「体育すわり」とかいうそうです。座り方にもいろいろ呼び名があるみたいです。

体育といえば、子どものころクラスの最低記録をいくつか持ってました。男の子のグループでしたからね。でもみんな気にしないでいてくれたみたいです。なにしろ「天は二物を与えず」といいますでしょ^^;;。それが当然という考え方ですよね。他人の欠点を指摘したりはせずに、個性尊重というか、そういうふうに見えました(少なくとも私には)。
今でも虚弱というか幼児体形みたいなところがあります。先日ちょっと前の自分のフルヌードの写真を内緒で見ましたが、ただの幼児体形でしたね。女性下着でも着ければそれらしく見えるのでしょう。若いころは、将来はそんなに長生きはできないんじゃないかしらと思うこともありました。でもなんとか半生記+α?、大事にいきましょう。

晴れ時々トランス

次の文章の○○○○のところに、「トランス」と入れて読むと良いと思います。

「そういう〈本○○○○〉じゃなくて、まだ〈素○○○○〉。
なので働かなければならない。でも働くのは週三日以下。
そのために生活を縮小する。
まず家族を捨てること。その勇気がなければ「晴れ時々○○○○」という手があります。
三畳一間のアパートを隠れ家に持つことです。
それから予定を立てない。その日その日のハプニングを楽しむゆとりを持つ。」

出典は杉浦日向子著『一日江戸人』ですが、○○○○のところは「隠居」になってます。
「トランス」と読み替えても面白いと思いました。
ここに書いてあることそのままというわけではありませんが、それに近いことや、似ていることは、心当たりがあるかもしれませんね。^^;
自分を捨ててまで稼ぐのでなく、お金がなければ「生活を縮小」すればいい、かんたんな話です。
家族を捨てられなければ「隠れ家」を持つ。「三畳一間」というのは、かなり具体的なイメージですが、この「隠れ家」は、それぞれのイメージや、イメージの中のものでもいいと思います。

晴れ時々トランス。そんなに関係ないけど、HPのアルバムで「雨女」の特集をやるのもいいかも。

HP、9周年

ホームページを始めてから9周年でした。

ホームページのアルバムをリニューアル、というか、編成替えです。Album3の2003年以後のアルバムをalbum1に移動。新しいalbum3は、おまけにあったcollageやその他、「ファンタジー」のタイトルにふさわしいものにしました。album3の中に、「二人の鳩子」というページを新規に作りました。

画像は、今日作ってみたものです。こういうのも面白いかも。簡単に作れますしね。

ほそぼそと……

バブルから20年は過ぎたと思いますが、ああいう世相とはほとんど無縁な生活をしていましたよね……。あのころ流行ったものにボデコンというのがありました。それで、一つくらい買ってみようと思ったり……、でもなかなか外を歩けるものではないので、しまっておいたものをバブル崩壊後に写真くらいは撮っておこうと思って人のいないところで撮ってみたのが、この写真? 普通はこんな白とピンクのチェックなんていう大人しい柄じゃなかったですよね、もっとコントラストの強い柄とかアニマル柄のほうがバブルらしいと思います。それにしても……ほっそりしてたころの写真ですね

4月7日は、ホームページ開設9周年でした。

サクラ、さくら

芝居などで客席に内輪の応援団を内緒で置いて、さも盛り上がっているように煽るような人たちのことを、なぜサクラと言うのでしょう。
ネットではいろんな説があるようです。露天商のサクラはパッと散るようにいなくなるからというのがありますが、芝居では途中でぞろぞろ帰ってしまったら逆効果です。芝居の桜席という席に座る人たちにそういう人が多かったからという説。桜席とは、客席のいちばん端っこで、角度は見づらいけど舞台と同じ高さで幕の裏までよく見えるそうです。それから、葬式の泣女(なきめ)と同じようなものという説もありましたが、そうするとサクラは泣き役ではなく笑い役ということになります。初期の歌舞伎は狂言芝居ともいって短い寸劇のような笑いが主体のものだったらしいですから、さもありなん?。

「咲」という漢字は、「笑う」という意味で、本来は花が開くという意味はないとのことですが、日本でいつの時代から「花がさく」という意味になったのでしょう。

馬肉をサクラというのはなぜかについても諸説あります。花札の紅葉の絵には鹿が描かれているので、桜の札にも馬が描かれているかと思ったら、描かれていません。幕が描かれているだけです。この桜の幕は何のための幕なのかというと、江戸時代の初めに上野の寛永寺の境内に植えたときに幕を張ったそうで、それ以来幕がつきものみたいです。つまり神聖な場所と見物席を区分けするための幕なのでしょう。しめ縄みたいなもので、桜はやっぱり神聖なものなんでしょうね。
……今日はネットで見たことの受け売りばかりですね。

さて「梅色夜話」というBL的な視点のサイトがありましたが、タイトルが洒落てて良いと思いました。『男色山路露』の序文で「花といへば桜に限り、色といへば女にかぎると、一図になづみたるは、一等向上の一路をしらぬから也」というふうに「桜=女色」とみなして梅の良さを述べたことからの命名なのでしょう。
でも、おかま、トランスジェンダー系としては、桜の派手さや、笑いやインチキ臭ささ、それから季節柄などからして、いちばん好ましい花ではないかと思います。

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