肩がぴったり

1990年ころはまだバブルで、肩パットを怒らせたOLさんたちがさっそうと街を歩いていた時代でした。
当時の肩パッド入りのスーツ姿の写真をというのは、いかにも時代を感じさせるものがありますが、写真のようなワンピースなら、言われないとわからないかもしれません。肩パッドを外せば大きめの肩が大柄な人物にぴったり合ってしまうのでした。
なので、ある意味で、ありがたい流行だと思いました。
でもあの時代はスーツなんて買う気にはなりませんでした。

みんなヒールの低い靴をはいて、夏でもサンダルなんてはきません。でもハイヒールはフォーマル用としては欠かせませんから、売っていないことはありませんでした。
問題はサンダルで、めったに売っていません。何年も前の売れ残りみたいなのがセールに出たのを買うくらいでした。サンダルが復活するのはバブル崩壊後2〜3年してからだったと思います。

稚児桜

春です。
今年の冬は寒い日が多かったせいか、春の訪れも遠慮がちです。
冬のお肌のトラブルについては、去年とくらべて今年はだいぶ良い感じ。部屋を暖かくしたり、それからあまり色っぽくありませんがなるべく厚着をして暖かく過ごすとか、そういうことに気をつけてました。

稚児桜(ちござくら)という桜があるそうです。山桜の一種で、小さい花がたくさん咲くらしいです。「児桜」と書くこともあります。芭蕉の句にもありました。

 植うること子のごとくせよ児桜  芭蕉

山から運んで自分の庭に植えるわけですね。植えたあともずっと手をかけることが必要です。男が自分の近くに植える花は、恋人のたとえなのですが、「子」というのも恋人のことですから、とてもわかりやすい句のように見えます。でもちょっと、ひねりが足りないような……?、そんなことはありませんね。普通の桜ではなく「児桜」なのですから、そういう意味を隠しています。
同じ時期の作かどうかわかりませんが、こういう句もあります。

 子に飽くと申す人には花もなし  芭蕉

人の世の浮き沈みというか、逢うは別れの始めなんていう人もいますが、この道に関しては、そういうものではなかったようですね。芭蕉の時代は、まだ武士道的な稚児観がありましたから、飽きたとか、心変りなんていったら、武士なら切腹もの。庶民なら「花もなし」で済むわけなのでしょうか。
(写真は稚児桜ではありません)

平成以後

インターネットのなかったころは、よくお手紙をもらいました。平成元年ごろがいちばん数を多くもらって、返事を書くのもたいへんでした。何か月遅れになっても必ず書くようにしてました。遅れ方が「何か月」単位というのが、のんびりした時代でした。でものんびりしてたのは私くらいのもので、世の中はバブルではしゃいでいたらしいです。

この年は大きな事件がたくさんありました。ベルリンの壁の崩壊、中国の天安門事件。国内では総評解散、連合結成。消費税導入、社会党のマドンナ旋風。
「朝日新聞の沖縄のサンゴ記事で捏造発覚」もありました。この事件、あらためて時代の大きな変質を感じます。リアリティのない時代。そして広告会社の暗躍というか、わからない時代になってしまいました。

1988

HPのアルバム Hatoko's History のページにその年のできごとをごく簡単に書いたとき、1〜2行書くためだけのデータ集めがたいへんでした。最近見つけたのが「戦後昭和史」http://shouwashi.com/、こういうページがあると便利ですね。平成20年まであります。
そこの「1988年」を見ると、
「原子力発電に不安を懐く人,過去最高の88%(総理府調査)」
政府がこういう調査も発表したのですから、今よりずっとまともです。

そのほか「東京・六本木のディスコで電動照明装置落下」、バブル全盛期でした。「東京ドーム落成」もこの年でしたか。
「ビデオレンタル店平均会員数が前年比五割増」レンタルレコードもありました。同じものでも、レコードを買うか、少し高いけどCDを買うか、迷ってた時代でした。
ヒット曲30位まででおぼえているのは、「時代/薬師丸ひろ子」と「人生いろいろ」だけでした。30以下に「駅/竹内まりや」があるようです。
このころの写真はやせてます。前年から写真をとることをおぼえました。

「雛の後家」

3月3日が雛祭りでした。

平賀源内の『男色細見』という本に、茶屋案内のページがあります。いわゆる陰間茶屋ですが、人気の舞台子さん陰子さんたちの名前のなかに、「雛」のつく名前がいくつかありました。「瀧中雛蔵、中村雛次郎、中村雛松、嵐小雛」。「ひな」というのは、可愛らしい名前ということなんでしょうね。

奥村政信の『貝合 蛤源氏歌仙貝』という本には、お題1つに川柳が2つ、そういうのがにたくさん載っている絵本です。「ふたなり」をテーマにした川柳2つ。

左〜 鮑(あはび)貝 
 汐干がた 身をはなれてや あはび貝
右〜 かたし貝
 いつのまに 雛の後家かや かたし貝

意味はよくわからない部分もありますが、それなりに考えてみると、
「あわび」は一枚貝なので、よく片思いにたとえられます。二枚の貝を合せて、ぴったり合ったら相思相愛といった貝占いも一枚貝ではできません。
「潮干潟」というのは、つまり潮干狩をする場所ということでしょうね。目的は貝を取ることです。「身をはなれて」というのが一番わからないところですが、貝と身が離れるという意味でしょうか。「ふたなり」では合う相手もなかなか見つからないだろうけど、身一つになって飛び出せば、片思いではなくなる? そんな感じなのかどうか。

二つ目の句、「雛の後家」。雛人形をいつまでも片付けないでおくと、その家の女の子はお嫁に行けなくなると言われましたが、行かず後家になってしまうこともあるのかも? 
「かたし貝」というのは、2枚貝のうちの1枚で、合わされるべき片割れの1枚が見つからない貝のことですね。「後家」の「後」という部分に、"バックから"の意味を含ませているのかもしれませんね。何しろ艶本ですから。

江戸物で3月をテーマに、お雛さまのことを書いてみました。
1月7日には「七草」について書きました。2月の節分については、2010年5月に「おさのの物語」を書いてます。

キラリ

この写真を見ると、目もわりとキラリとしてるほうですが、右の奥歯のあたりもキラリ? こんなふうに撮れることがときどきありますね。
このあいだネットのある検索結果から横道にそれて、女優や女性歌手の顔写真から、歯の治療歴を詳しくコメントしている変なHPがありました。ベテランの人のところを見ると、むかしお嫁さんにしたい女優ナンバーワンだったTK子さん、若いころからずっと歯に変化がなかったのに、近年前歯2枚の形が変わったそうで、差し歯と断定されてましたが、年齢ですからしかたないのでしょうね。演歌の女王とも呼ばれるMHさん(美空ひばりではないですよ)、若いころから歯が悪いみたいですね。ストレスが多い立場だったのかもしれません。
最近やっとブリッジが入りました。

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