ほほとおでこ

最近ある人が「ほうれい線」のことを気にしていたのですが、ほうれい線とは知らなかった言葉で、鼻の左右から下へハの字のかたちに口もと近くまで伸びてる、凹みのラインのことです。(「ほうれい」は難しい漢字で書きます、人相学の用語のようです)。
気になるというのは、このラインの外側のほっぺが下がりぎみになるということで、年のせいなんでしょう。

笑うと、このラインが横へ広がって、ほっぺが盛り上がります。写真のような感じ。
オカメのお面は、ほんとによく頬が盛り上がってます。頬だけでなく、おでこも盛り上がってます。
鳩子もそうとうなおでこなのですが、おでこを見せてる写真はほとんどありません。その理由は、横ジワが目立つと思っているからです。そのくらいのシワはデジカメ画像をぼかすだけで目立たなくなることが、最近わかりました。

江戸艶本のなかの変生男子

江戸時代の本で『好色変生男子』という本があり、活字になったこともありますが、変ちくりんな題名だと思って、読んでいませんでした。林美一著『江戸艶本を読む』の解説によると、本来は別の題名だったのが、表紙の取れた初版本をもとに再版したとき、題名が変更されたもので、元の題名はわからなくなっているそうです。
そんなわけで林氏の本で、あらすじを読むと、わりと面白そうです。

ある夫婦が紀州の観音様に祈願してやっと子供を授かったのですが、妊娠8か月目に男の子が欲しいと祈願変更したので、観音様は困ってしまいました。そこで大阪の観音様に相談したら、大阪でも祈願変更した夫婦がいて、女の子が欲しいそうなので、大急ぎで大阪の子のおちんちんを取って来て紀州の子に付け替えたんだそうです。
そんなわけで、ぎりぎりのところで男の子として生まれた紀州の子は、大きくなるにつれて、男子の着物は着たがらず、女子のように育って、思春期になるとからだも女子のようになっていったそうです。
子供時代を過ぎてからの話は、見た目は女子だけど中身は男子というふうに変ってしまうのですが、そのへんは荒唐無稽すぎるような気もします。
ラストでは、女として出会った相手の男が、じつは大阪で生まれる直前におちんちんを取られた子で、つまり見た目は男子だけれど中身はおちんちんもなく女子というわけです。二人は相性もぴったりで夫婦になって、めでたしメデタシとなります。見た目の性別と、実際の性別が正反対の夫婦ではありますが……。

ラストでもう一度「付け替え」をするのではないのですね。性別判断の基準は、「付いてれば男」というような、素朴な男根崇拝にあるような感じです。
ラストのところと、女子のように育った子供時代と、そのへんを注意して、オリジナルを読んでみたいと思います。

艶本の世界では、『貝合蛤源氏歌仙貝』の「かたし貝(片瀬貝)」にも変成男子が登場し、駄洒落のような解決法が示されています。

七草

七草粥に入れる七草を、まな板の上で、トントントンと調子良く刻むときの歌があるそうです。

♪七草なずな、唐土の鳥が、渡らぬ先に……トントントン

喜多川歌麿の描いた『絵本江戸爵』(天明六年 1786)という絵本に、日本橋芳町の茶屋での七草の風景の絵があります。狂歌が書かれていて……

♪拍子よし てうと鈴菜も 三番叟 わたらぬさきに はやす七草

お囃しの拍子も良さそうです。三番叟(さんばそう)とは歌舞伎踊りの一つで、お正月に行うものだそうです。鈴菜は「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草」という歌の、6番目で、蕪(かぶ)のことらしいです。
七草は五節句の一つですが、そういう日を芳町や吉原では紋日(もんび)と言って、馴染みのおきゃくさんは必ず来なければならない日だったそうです。ブログや掲示板で「今日は私の誕生日です」なんて書くと、どっとコメントが集まったりしますが、それと似たようなことなんでしょうね?。
健康で一年を送れるといいですね^^

新しい年に

新しい年になったという感動が薄れてしまったわけではないのですが、少し変な感じ。去年の秋から江戸時代の本を読んで少しまとめてみたいと思っていることが、ずっと継続して気になっているせいなのでしょう。キーボードに向かうと、そのことを考えてしまいます。

今年は室内で写真を撮るのもいいかもしれませんね。何枚もまとめて撮ることは、さいきんなかったですから。この写真は古いですけど、こういう背景ばかりでは変化がないので、2メートル×3メートルの単色のテーブルクロスを写真スタジオのように壁の上から垂らしてみたりするのもいいかも。

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