8月10日に泣いた鳩

私は小さいころから女の子になりたかったというのは、本当です。
でもそのことは誰にも言えなかったし、勇気も行動力もありませんでした。
なぜ言えなかったの、なぜできなかったのと考えても、ただ涙がとめどなく出てくるばかりです。
だからそのことは聞かないでほしい。私にも理由はわからないんですから。
自称女の子を問い詰めて泣かしてみて、どこが面白いというのですか?

NHKブックスの「かなしみの哲学―日本精神史の源をさぐる」 (竹内整一著)という本をみると、日本の歴史上の学者や文学者や僧侶などの考え方がたくさん紹介されています。江戸時代の本居宣長という人は、死についてもそうですが、人の力を越えたものごとにつては、ただ悲しむしかないんだと、それがいちばんいいんだって、そうした悲しみや涙だけが愛や理解のもとになるんだって、そんなことが書いてありました。もっと難しいことを言う学者かと思ったらそうじゃなかったんですね。
後の時代の学者や文学者たちは、男の子は泣いちゃいけないと思ったのかどうか、西洋の学問をたくさん勉強したりはしてきたけれど、江戸時代の学者の考えからあまり前へ進むことができていないようです。でも同じレベルでもいいじゃありませんか。みんな同じでいい。

ときどき思う存分泣いたなら、そのことはもう忘れて、次の日からは明るく楽しくやってゆきましょう。
泣いたカラスが、もう笑ろた。泣いた鳩も、もう笑うた。ククク……^^;

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