池のそばで未来を想う


人類の歴史はこれから何千年も何万年も続くのが当たり前と思ってきました。進歩はとどまることがなくて、理想が次から次へ現実のものとなってゆくような未来があるので、少しづつ努力してしてみようとか、明るい未来は必ず来るので、だから少々のことはがまんしようとか、そんなことを考えてきました。
人類の未来がないのだったら、次の世代へのメッセージや、周囲のことを思って自分はがまんするとか、そういうことの意味もちょっとしんどくなって来ます。だからトランスのみなさん、思い切って違う人生を選ぶのも、楽しいことかもしれませんよ。明日がないかもしれないわけですから。
それとも、今までは不自由な時代と思ってきたけれど、これから何百年も続く放射能汚染の時代のことを思えば、あたしたちはいちばん良かった時代を生きてきたのかもしれません。
でも鳩子はあまり「上」をめざさすことのないような時代が好きなので、どうなるにしても、あまり変わらずにやってゆくしかないのでしょうね。今を生きるメッセージには、変りはありません。

Trackbacks

コメント

< 今年のつつじ | top | お寺まいり >