小さな命

福島市や郡山市の放射線が下がりませんね。子どもたちにはかなり厳しいものらしいです。70年近く前には学童疎開というものがありましたが、当時はまだ地域社会というものがあって、子どもの教育は地域社会の責任という時代でしたから、それも可能だったのでしょう。今は子育ては家族ということですから、家族を引き離すのは大変なことです。子どもにとっては良い経験になることもあるとは思いますが、それも親の個人的な責任ということになってしまうのでしょう。
新聞に、岩手県や宮城県の学校で、家族で避難したために生徒が少なくなった学校があることが書いてありました。なぜか福島県のことは載っていませんでした。

復興より復旧を

復興より復旧を、というのは、つまり、
原発以前の世の中に戻ってほしいということ。賛成反対で地元の人たちが、いがみあうことのなかった時代に戻してほしい。
一般に、あの時代へ戻ってやりなおしたいというリセット願望は、個人の人生では叶わないことですが、この問題は別です。

もし最悪の事態がさけられたとしても、いやな社会になる予感。
1か月もたつのに補償を求める訴訟の報道がないこと。
「風評被害を国になんとかしてほしい」というのは間違いで、被害は現実のものなのですから、損害賠償を求めるべきと思います。いつまでも現状を理解しようとしない人たちばかりなら、福島の人たちへの同情も薄らいできます、

東電は会見で何度も「補償は法律に基づいて国と相談して」といいますが、これは法律が損害賠償を免除しているので税金で支払うべきだという意味です。なぜそんな法律があるかといえば、大事故を想定しているからです。「想定外の地震だった」とかいろいろ言ってましたけど、大事故の際の補償問題はちゃんと想定していたわけです。けれどその法律は、国民の生命と財産を守るべき憲法に違反していますから、弁護士さんたちは智恵をしぼって勝ち取ってほしい。東電以外の電力会社の共犯関係も立証してほしいです。もう手後れかもしれませんが、東電は補償を逃れるために資産隠しを始めていると思うので、東電の全財産は今すぐ裁判所が差し押さえすべきです。
補償の問題について見つけたブログ。
被害者が、加害者に、法外な補償金を支払うという構図は許されない

祈るしかないかも

原発は危険なものだとは聞いていたけれど、現実にこういうことがおこるとは思っていませんでした。
毎日ニュースを見たり、週刊誌やネットを調べたり、本で基本的なことを勉強したりで、ほかのことが手につきません。

小出裕章氏は、関西のラジオで毎日解説しているそうで、いちばん確かな感じです。
「stop-kaminoseki.net - 原子力の専門家が原発に反対するわけ」 非公式「まとめ」
上記のページの最後のほうに「全て手遅れの場合、そう長くはない時間を一緒にいたい人とともに過ごす」という方法が書いてありましたが、一人じゃ、さみしいかもしれませんね。

ほかでは、武田邦彦氏のブログがわかりやすいです。

鎌田慧氏の本に、原発労働者に健康被害があったときは年5ミリシーベルト以上の被曝が労災適用基準だと書いてありましたが(50ミリではありません)、通常人は年1ミリシーベルトが限界だとどの本にも書いてあります。1時間では0.11マイクロシーベルト。関東では茨城栃木でまだ危険なところがあります。
武田邦彦氏によると成人男性は少し抵抗力があって「限度は3ミリシーベルト(年)」だそうです。中性?の場合はあいだをとって2ミリという考えもあるかもしれませんが、敏感体質の人が多いと思うので、やっぱり1ミリが限度でしょうね。
以上はすべて専門家の発言にもとづいて書いています。
これ以上増えないように祈るしかありません。

福島のMさん

Mさんとあるところで待ちあわせして会ったのは、1989年ごろなので、だいぶ昔です。
Mさんの大型のワゴン車に乗せてもらうと、ワゴン車の後ろには折りたたみのハシゴや太い電線のたばが置いてあって、電気の配線工事のお仕事の車のようでした。それからMさんのアパートに寄ったり、半日くらい一緒に過ごしました。プライバシーの詳細までは話さなかったのですが、郷里の福島へ帰ることになったので、その前に私と会っておきたかったということでした。そしてそれっきりになってしまいました。
何日か前にふっと思い出したのです。配線のお仕事は、個人営業のような下請けのような感じでした。家庭で目にする電線ではなく、工場の設備かなにかのような……。福島県のどこかは聞かなかったのですが、帰ってからも同じ仕事なのでしょうか。福島の原子力発電所には、そういう人たちが常時何千人も働いていたという話を聞いて、そして今でも何百人も残っているというニュースを聞いて、気になってしかたがありません。

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