やさしい回想

松田聖子ちゃんの新曲は良いと思います。『特別な恋人』〜タイトルはちょっと「特別な」という言葉が、もうひとひねりできたら良かったかもしれませんが、歌は良いです。
> 年を重ねて、めぐり逢えたあなたは 本物の優しさ持っていた
詞と曲は竹内まりやです。青春の回顧と円熟のラブソングというか、聖子ちゃんももうすぐ、美空ひばりが『愛燦燦』を歌ったときの年齢に達するみたいですよ。

最近もう一つ聴いた歌謡曲は都はるみの『小樽運河』。1990年の復帰のときの歌で、詞は吉岡治。
> 別の生き方あったねと 四十路なかばの秋が行き
別の生き方があったかもしれないというのは、誰でも感じることなのですね。
やさしい回想……というのが、鳩子の詩の原動力でしたよね。思い出して、また書かなくちゃ

陰と陽が入れ替わると?

志ん朝師匠の落語(「反魂香」)を聞いてたら、ものごとには何でも陰陽があるけれど、陰と陽は入れ替わることがある、というふうに始まりました。そして、男が陽で女は陰、これも入れ替わることがある、という話になったものですから、つい身を乗り出して聞いてしまいました。

溺れて亡くなった人が発見されたとき「土左衛門(どざえもん)」というけれど、女でも土左衛門という男の名前になるというお話。女→男というわけですが……、なるほど ^^;。
その次に、男→女という話を期待したのですが、そうはならなくて、川などで発見されたときに、女は仰向けで発見され、男はうつぶせで発見されるのはなぜか、という話になってゆきました。

広辞苑を見たら、土左衛門とは、「享保頃の江戸の力士、成瀬川土左衛門の身体が頗る肥大であったので、世人が溺死人の膨れあがった死体を土左衛門のようだと戯れたのに起るという」と書いてありました。
ある説によると、相撲取りは、豊穣のしるしの妊婦の体形に近づこうとしたものであって、両性具有のようなところがあるというのですが……? 普通の男性も土左衛門になると、普通の男ではなくなるのかも? ……このくらいの落ちがいいとこですね

2011年の

今年の10大ニュースというと、地震と原発事故が一番になりそうです。
1万年くらい前には関東平野の半分くらいは海だったそうですが、そういう場所は、未来の1万年後に海に戻ってるかもしれないし、日本の海岸はどこもそんな感じらしいのですが、そんなところによくもたくさんの原発を建てたものです。
あたしたちのふるさとの半分は、また海に沈むとしたら、日本列島というのは本当に儚いものです。日本の古い物語は、儚いものへの涙や、滅んでいくものへの哀切や感傷とか、無常感なんていう人もいますが、すべてがなくなることをあらかじめわかっていたようなところがありますね。
でもまた再生することもないわけではないのかもしれません。

今月から日記のアップのとき、とてもスムースにできます。atpagesさんも改善されたのかも。

月代(さかやき)と色子帽子

三代目瀬川菊之丞 江戸時代の成人男子の髪形は、月代(さかやき)といって、頭のてっぺんを剃ってしまうのですね。士農工商の身分以外の人(公家、神官、医者、学者など)を除いて、奉公人を含めてみんな剃ってたらしいです。日本文化は女性的な文化だという先生もいらっしゃるのですが、そういう民族が、よくも、まあ、あんなものを300年も受け入れていたものです。
 武士は戦で兜をかぶりますから、むれないように、戦のない普段からそなえているのは、構わないのです。けれど、庶民の場合は、何か、かっこいいと思わせるものがあったとか、庶民の側から受け入れる要素があってのことだとは思うのですが……?。
 当時のファッションリーダーといえば歌舞伎役者ですが、江戸初期に、若衆歌舞伎の美少年たちが、頭を剃って野郎歌舞伎になったことは、どの程度影響しているのか、いちがいにはいえないかもしれませんけどね。
 歌舞伎の歴史の解説によると、1652年(承応元年)に、それまでの若衆歌舞伎は風俗を乱すとの理由から禁止され、頭を剃らなければならなくなったのが野郎歌舞伎といわれます。それで女形の役者は、帽子をかぶるようになったわけです。色子帽子などともいいます。画像は野郎歌舞伎の時代よりずっとあとの時代のものですが、勝川春章の描く三代目瀬川菊之丞で、紫色の帽子をかぶっています。今でもこれに似た紫色の布を付けることもあるそうです。
 この絵は安永の頃(1770年代)のものだそうですが、実は同じ時代の他の絵を見ると、月代は剃ってない絵も多いのです。帽子をかぶっているから剃っているというものでもないですし、18世紀にはもう剃らない人はたくさんいたのでしょうね。そのへんの経過についてはまだ調べがついていません。

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