夢中になり平

江戸時代の絵本を読んでみましょう。
右の枠の中の題名からです。
 「業平豆男と夢中に兄弟の契約」
業平とは在原業平のような色男のこと。豆男とは覗き見を趣味とする空想上の小人のことですが、からだは大きくもなります。二人が夢の中で兄弟の契約したそうです。そのとき俳句をよみ交わしたようです。
 「夢中になり平一句」
夢の中で業平が俳句を一句よみました。「夢中になり」の洒落もあります。
 「兄分に 頼む香もなき 栴(せん)ぼうし」
兄分に頼むとは、兄弟の契約をして兄分になってくれという意味でしょう。「栴」は栴檀のことで、粉末にしてお香に焚きます。「栴ぼうし」とは、たぶん粉末を帽子のように盛った状態のことを表現したのではないかと思います。俳句の意味は、あなたを兄分に頼もうと思ったが、その帽子の香りも髪の香りもしないではないか、という意味でしょうか。絵を見ると相手は坊主頭ですから当り前? ^^。
 「豆男一句」
それに対して、豆男の一句です。
 「座禅豆 悟をゑたり 九年ぼう」
座禅豆とは「黒豆を煮しめたもの」で、尿意をがまんするのに利き目があるそうです。九年ぼうとはおそらく辞書にある「九年母(くねんぼ)」のことで、ミカン科の植物で、香りの強い花をつけ、実も甘く香ぐわしいものだそうです。香りに関する言葉を使って、業平の句を受けたものと思います。意味は、何年も(九年も?)がまんしてきたので、悟りを得た、だから九年母の香りがするはずだ、ということでしょうか。
 「豆男
  頭巾をぬいでは坊主で 色がとれぬ
  かつらをきて男になりて名かへ村沢幸十郎と申候」
絵を見ると、坊主の男が肘ををついた右手に脱いだ頭巾を持っています。頭巾をかぶって業平に逢いに来たが、「男になる」とはこの場合、一時のことであっても坊主ではなくなって世俗の男になるということでしょう。業平は刀を差した小姓の姿です。
左下にも薄っすらと文字の跡がありますがよく読めません。

こたつの中で」で見た川柳
 「火燵びに かを折烏帽子 たてゑぼし」
ここにも香りと帽子のことが出てきますが、「香を折る」というのは、よくわかりません。
絵はどちらも奥村政信。

姿勢の問題

良くない姿勢の男女の見本写真から、トレースして描いてみました。
女性は背中全体がやや丸くなって前かがみになる人が多いです。
男性は、背中の上部が曲がって首が前に出る人が多いようです。
こういう女性は、ちょっと背筋を伸ばせば良い姿勢になります。
けれど男性の背中の曲がり方はどうでしょう、難しいでしょうね。あごを引いて背筋を伸ばすだけでは、どうにもなりません。

仮に中性的な姿勢というのを考えたとき、こういう男性は、中性的な姿勢をとれないことになります。それは、中性的な動作を身につける以前の大問題ということになります。

背中が曲がる原因の一つに、背の高い男性は、背の低い女性と同じ高さの机やテーブルを使って仕事をしたり食事をとったりしていることがあると思います。
小中学校では、生徒が使う机や椅子の高さは、生徒個人個人のからだの大きさに合ったものが使われます。合わないものを使うと姿勢が悪くなって子供の身体の成長を阻害するからです。
でも大学や一般社会では、からだの大きさに関係なく、みんな同じ高さの机を並べて勉強や仕事をし、食事も同じ1つのテーブルを大勢で囲みます。
そういう生活を改善する……といっても難しいでしょうけどね。 つづく

秋深し

秋です。
がんばって行きましょう。

江戸時代の本を読んでみるブログを立ち上げてみました。
鳩美堂文庫」です

十三夜

十三夜の今日の午前中に、アクセスカウンタが 1,000,000 を越えたようです。
HPを初めて8年と6ヶ月でした。
今後、カウンタを廃止するかどうかは、ゆっくり考えましょう。

中性的なしぐさ(座り方)

「てよだわ言葉」のところでも書いたと思いますが、女女した言葉づかい(または男臭すぎる言葉づかい)は、特に初対面の相手のときや、丁寧に話そうとするときなどには、あまり必要のないものでしょう。丁寧な話し方は、男女関係なく社会人として必要なことでしょうし、丁寧な話し方自体は男女とも同じ話し方でいいわけです。実際にはイントネーションなど男女で違ってくるでしょうが、基本は同じですから、仮に、<中性的な言葉づかい>と呼ぶことにします。

次に「しぐさ」の問題です。しぐさと言っても、ここでは立ち居振舞いや姿勢のことまで含めて、とりあえず「しぐさ」と呼ぶことにしますが、これは言葉と違ってやはり男女で違う印象を受けることが多いかもしれません。けれど、相手に物を丁寧に渡すときの動作や、相手の話を聞くときの姿勢など、基本は共通のものもありますし、違う印象の部分というのは、言葉でいえばイントネーションに相当する部分でしかないのかもしれません。
やたらに手の動作にシナを付ければ丁寧とは限りませんし、粗雑さイコール男性らしさとも限りません。
そこで男女共通のしぐさを、<中性的なしぐさ>と呼ぶことにして、中性的なしぐさとはどういうものだろうということを考えてみます。

しぐさ、というより姿勢ですが、椅子に座るときの姿勢のことを考えてみます。
中性的には、ひざを付けて足を揃える、背筋は伸ばしてやや前傾姿勢です。

ひざを付けるのが嫌という男性は少しだけ開いても良いとは思います。昭和初期の各種団体の集合写真を見ても、ひざを付けている男性は少なくはありません。ある軍隊の記念写真を見たら、事務官や技官、そして最高責任者と思われる軍人2〜3人は、ひざをあまり開かず姿勢も良かったです。中にはひざをぴったり付けている人もいました。だらしのないのは中途半端な上官たちでした。それはとにかく、ひざを付けて座る男性の座り方が昔からあることは確認しておきましょう。

背筋を伸ばすということは、チェアバックに背中を凭れさせないということです。チェアバックとは、日本語で「背もたれ」ともいいますけれど……。
日本の天皇陛下は、椅子にお座りになるとき、決して後ろにもたれかかるということをされません。日本国民のお手本を実践していらっしゃると考えるべきです。
小さな集会などで、女性はきちんと中性的な座り方をしていますが、男性は背中を丸めて凭れている人が多いのは、なぜなのでしょうね。つづく

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