ヨーロッパの中世の

アクセスログを逆にたどって横道にそれて珍しいものを見てくる、ということを久しぶりにしてみました。
見つけたのは、『埼玉学園大学紀要』、それに載ってたのが「異性装から見た男と女」(赤阪俊一氏)の数回のシリーズで、ヨーロッパの中世のことが書かれてありました。

中世のヨーロッパでは、女性が男装の聖職者になっていた例がけっこうあって、それは、極端な男性中心社会の中で、男になることが宗教的な救済であり、そうした女性たちの評伝のようなものも多く、必ずしも社会から否定的には見られていなかったようなお話だったと思います。
また、男性の女装(じよそう)は、演劇などの遊戯的なものを除けば、さまざまな形があったけれど、反社会的なものと見られていたそうです。

男装の聖職者の伝記などでは、本人が亡くなって葬られるときに、はだかにされ、そのときに初めて女性だとわかるというシーンが必ずあって、それが物語のクライマックスになっているとか……。ちょとこういうのは気になりましたね。いかにも男性視線の物語です。そういうようないわば好色的な意味での男性視線にとどまらず、引用される文献などのどれもこれもが男性中心主義のような考えで貫かれているわけです。なので読んでいてそんなに楽しいものではありません。

ああいった男権主義は本当に当時の庶民生活のすみずみにまで徹底されていたのでしょうか。暗黒時代といわれた中世のヨーロッパの話は、どこまで本当なのでしょうか。近世初期のボッカチオなどの物語が突然誕生すると考えるのは不自然に思えます。
日本でも、江戸時代暗黒時代説のようなものがあったらしいですが、時代も近くて豊富な資料が残っていますので、それらによってどんどん否定されています。でもヨーロッパの中世は、ずいぶん昔のことです。無理に女色をたったような男性聖職者たちの書き残したものしかないとすれば、なかなか実像はわからないのかも。
それともちょっとパラノイア的なところのある男性聖職者たちの書いたものを精神分析的に考察するのはどうでしょう。

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