人生はパートタイム

一つの職業のために朝から晩まで働き、一生それを続けることが、望ましい人のありかたであるかのように日本人が思いこんでしまったのは、いつのころからか、そんなに古い時代からではないようです。
もともと日本の農業は小規模だったこともあって兼業が多かったですし、何を作るかはある程度自分で決められました。商業は時代に合わせて商売替えするのはあたりまえ、労働時間だって昔の大工さんは一日4〜5時間くらいしか働かなかったらしいです。それでも普通に暮らしてゆけましたし、おまけに自由な時間もたくさんあったわけです。
一生を一つの職業に賭けるというのは、もっともらしく聞えますけど、そのなかみは、一生を一つの企業に尽くすということを、違う言葉で言い替えただけのことなのでしょう。サラリーマン社会では転職は不利だとまで言うようになってしまいました。

ここまで書いてみて、上の「職業」とか「農業・商売」……というような言葉を、「ジェンダー」と置換えてみると面白いと思いました。兼業ジェンダーとかジェンダー替えとか、古い歴史がそうだったというわけではありませんが、一つの理想のありかたであるようにも思えるのですが、今日はあまり脱線しないようにしましょう。

10%の失業者がいたとしても、みんなが仕事を10%減らせば、その分の仕事が余りますから失業者はなくなるはずだと、ずっと思っていたのですが、さいきんオランダのワークシェアリングのことを聞いて、できないことではないのだと思ったわけです。オランダという国は、低地が多いために、堤防工事などみんなで力を合せてものごとに取り組む慣習が根強いお国柄というのもあるそうです。
日本は狭いわりに地形が複雑ですから、全体で力を合せてというのはあまりなかったのかもしれませんが、狭い村や地域単位では、みんなが協力することは普通のことだったようです。やっぱり地域の自治が復活してゆくようだったら、日本もまだまだ捨てたものではないかもしれませんね。

働くことを減らしたり、複数の職業を自然に持つことができたら、豊かな気持ちで暮らせそうです。
50代なかばで早めにリタイアして、余生を趣味の人生として楽しみたいという人もときどきいらっしゃいます。これは生涯の労働時間を減らすことになります。
そのほかでは、なかなか良い方法は見つからないかもしれませんが、気持ちだけでもそういう状態に近付ける方法はないものでしょうか。

生活のために働くだけが人生ではありませんから、働くことはもともとパートタイムのものだったことになります。
人生とはままならぬもの、諦めなければならなかったことがあったとしたら、人生そのものがパートタイムだったことになります。もう一つの人生は、それもまた人生で、ままならぬものどうし。心の中でくりかえされる人生に、懐かしいものを感じることができた瞬間もまた、おつなものかもしれません。
(つづきは、もう少しちゃんと書きたいものです)

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