はじめました。YouTube

26日の日記を29日に繰り上げてみました。

YouTubeに動画をアップしてみました。デジカメで撮った14秒の短い動画です。
BGMは、マザーグースでもあるアメリカ民謡の「ロッカバイベイビー」の前奏部分で、1960年のソノシートから拝借しました。民謡で50年前の演奏ですので、著作権は問題ないと思います。
夏のお昼寝にはぴったりの音楽かも。

この動画は前に別のところにアップしたこともあるのですが、そのときはラストを3秒ほどカットしました。今回はノーカット版です。ノーカットとは、つまり、動画モードでカメラのセルフボタンを押して、10秒後に撮影が始り、最後に再びカメラに近づいてストップボタンを押すまで、ということですよね。

人生はパートタイム

一つの職業のために朝から晩まで働き、一生それを続けることが、望ましい人のありかたであるかのように日本人が思いこんでしまったのは、いつのころからか、そんなに古い時代からではないようです。
もともと日本の農業は小規模だったこともあって兼業が多かったですし、何を作るかはある程度自分で決められました。商業は時代に合わせて商売替えするのはあたりまえ、労働時間だって昔の大工さんは一日4〜5時間くらいしか働かなかったらしいです。それでも普通に暮らしてゆけましたし、おまけに自由な時間もたくさんあったわけです。
一生を一つの職業に賭けるというのは、もっともらしく聞えますけど、そのなかみは、一生を一つの企業に尽くすということを、違う言葉で言い替えただけのことなのでしょう。サラリーマン社会では転職は不利だとまで言うようになってしまいました。

ここまで書いてみて、上の「職業」とか「農業・商売」……というような言葉を、「ジェンダー」と置換えてみると面白いと思いました。兼業ジェンダーとかジェンダー替えとか、古い歴史がそうだったというわけではありませんが、一つの理想のありかたであるようにも思えるのですが、今日はあまり脱線しないようにしましょう。

10%の失業者がいたとしても、みんなが仕事を10%減らせば、その分の仕事が余りますから失業者はなくなるはずだと、ずっと思っていたのですが、さいきんオランダのワークシェアリングのことを聞いて、できないことではないのだと思ったわけです。オランダという国は、低地が多いために、堤防工事などみんなで力を合せてものごとに取り組む慣習が根強いお国柄というのもあるそうです。
日本は狭いわりに地形が複雑ですから、全体で力を合せてというのはあまりなかったのかもしれませんが、狭い村や地域単位では、みんなが協力することは普通のことだったようです。やっぱり地域の自治が復活してゆくようだったら、日本もまだまだ捨てたものではないかもしれませんね。

働くことを減らしたり、複数の職業を自然に持つことができたら、豊かな気持ちで暮らせそうです。
50代なかばで早めにリタイアして、余生を趣味の人生として楽しみたいという人もときどきいらっしゃいます。これは生涯の労働時間を減らすことになります。
そのほかでは、なかなか良い方法は見つからないかもしれませんが、気持ちだけでもそういう状態に近付ける方法はないものでしょうか。

生活のために働くだけが人生ではありませんから、働くことはもともとパートタイムのものだったことになります。
人生とはままならぬもの、諦めなければならなかったことがあったとしたら、人生そのものがパートタイムだったことになります。もう一つの人生は、それもまた人生で、ままならぬものどうし。心の中でくりかえされる人生に、懐かしいものを感じることができた瞬間もまた、おつなものかもしれません。
(つづきは、もう少しちゃんと書きたいものです)

人生はパートタイム(前置)


夏ですね。^^;;;;

夏休みみたいな自由な時間が、
たくさんあるといいですね。

皆さん、あまり働きすぎないように。

パートタイムの王子さまではないけど、
「人生はパートタイム」というタイトルで
書こうと思ったのですが、
詳しくは、またあとで。

日本人は働き者であるという見方は、ちょっとちがうんじゃないかというお話。それを証明するなまけものの人はたくさんいらっしゃいますからね。

梅雨明けまでに

今日も雨です。
関東地方の梅雨明けは、平均では7月20日ごろだそうですが、今年はもう少しあとになりそうな感じもします。

最近の気候は、6月より7月のほうが雨が多いような気がしてたので、実際はどうなのか調べてみると、
千葉県成田の降水量データがありました。その年によって、7月のほうが雨が多かったり、6月のほうが多かったりで、平均すれば6月のほうが少し多い感じ。1970年代も2000年代も同じです。
7月の雨が増えたような気がしたのは錯覚ということになります。

暦を見ると、7月2日ごろに「半夏生(はんげしょう)」という日があって、半夏生とは「梅雨が明け田植の終期とされる」と辞書にも書いてありますし、半夏生を季語にした俳句でも夏の陽射しのイメージの句が多かったような記憶があります。これだと7月に入ればすぐ夏のイメージです。でも、辞書の「〜とされる」という言い方が少し気になりますが、実際の梅雨明けは、もっと遅いことが多いわけです。
暦というのは、たぶん、季節を先取りしてしまうものなのでしょうね。春の暦もそうでした。早く来てほしいという祈りのような思いから、暦の用語ができてゆくこともあるのでしょう。
子どものころの記憶でも、7月に入ると暑い日が何日かあって、そして夏休みになります。あまり雨の記憶がないのは、夏休みが待ちどおしかったからなのでしょう。

負けても相撲

大相撲はこれから淋しくなりそうです。
7日の新聞に小沢昭一さんも談話を載せていました。

小沢さんが子供のころ母につれられひいきの美男力士の千秋楽の宴席に寄せてもらったときの話。
「その席で、美男力士の後援会長、名古屋の大きな遊郭の女将さんでしたが、こう言うんです。『関取、大髻(おおたぶさ)を崩して汚い格好で勝ってもだめだよ。負けてもいいから、様子よくやっておくれよ』と。
 ♪相撲は負けてもけがさえなけりゃ 晩に私が負けてやる
 有名な相撲甚句ですが、宴席にはそんな色っぽい雰囲気も漂っていて、相撲は強いだけがいいってもんじでもないらしい、と子供心に感じたものです。」

いろいろ語られながら「寂しいなぁ」と結んでいました。
相撲協会は、大勢の人の生活もかかっていますし、今後は想定外のことも受け入れながら、存続のために力をつくすことでしょう。まげを振り乱して傷だらけになって、あまりきれいな負け方ではなかったかもしれませんね。

日本の時代劇で人気のあったジャンルに、股旅ものというのがありました。清水次郎長、国定忠次、瞼の母、沓掛時次郎、関の弥太っぺ。こういう映画もテレビの電波には乗りにくくなりましたね。
落語については、低迷期を脱して復調したようです。一時期の低迷は、いわゆる差別用語の問題が大きかったのかもしれません。

★大相撲については、相撲協会に対する課税強化を目的にしたある種の政治的な動きがあるのかも? それともスポーツマフィア(つまり電通)が狙ってるのかも?

なつかしき友愛

今度のさんいんセンキョは、やっぱりキケンでしょうね。
登録の性別と服装等が一致しないので?ずっとキケンです。
子供のころ見たとうごうけんという候補者は不思議な人だと思いましたね。

あまり関心がもてないので、あらためて 鳩山さんは本当に悪いのですか? というところを見ていたら
「沖縄に対して申し訳ないと思うけど、押しつけられる都道府県が嫌がっているという事は沖縄に置いておけと言うのが民意なのではないのですか?」という発言に目がとまってしまいました。
日本国民の総意は、結果的に、46県対1県の多数決で、「知らぬふり」つまり現状維持だったのでしたね。
「国民が聞く耳を持たなくなった」という鳩山さんの発言は、そういう意味だったのだと、あらためて気づかされました。鳩山さんは国民の「総意」を尊重して、県外をあきらめたのでしょう。
46県と書きましたが都や府を特別扱いするのはおかしく思いませんか?

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