ヤマトタケル

むかしヤマトヲグナが熊襲の国での祝宴の場に少女の姿で立ったとき、宴の主である川上タケルに指名されて、同じ一つの席で「戯弄」されたそうです。
辞書によると「弄」は「玩」とよくにた意味の漢字で、時間をかけて愛玩するという意味とあります。少女姿のヲグナが可愛がってもらったのでしょう。「弄」の漢字の成り立ちについては、面白いことが書いてあるものですね、漢字を分解すると「『玉+両手』で、両手の中に玉を入れてなぐさみにするさまを示す。転じて、時間をかけてもてあそぶこと。」(新字源)だそうです。なるほど玉ですか。さて、そのあと二人で何をしたかは御想像におまかせというふうになっています。
そのときの祝宴が何の祝宴だったかというと、親族を集めての新築の祝いです。新築祝は結婚を意味するらしいのですが、川上タケルと誰の結婚なのかは書いてないのですね。
ところがこのあと話が急転回して、川上タケルは刺殺されて、熊襲国は大和国に服属することになります。そのとき川上タケルは、タケルという名前をヲグナに与えて、ヤマトヲグナはヤマトタケルと名のるわけです。日本書紀の話。

勝ったほうが負けたほうの名前を名のるというのは現代人には理解しにくいでしょうが、王の名前にこめられているものは、その国の根幹の魂であって、それを手に入れるために、敗者の名を名のるというわけなのでしょう。
古代の服属儀礼というのはそういうところがあるようです。地方の王の娘を、中央の大王のもとへ采女として差し出すというのも、近代的な好色話のことではなくて、地方の国の魂がその国の巫女のからだにこめられて、中央の魂と合一するということなのでしょうね。
古代のギリシャ周辺では、勝った王が負けた男王を去勢して、その部分を食したことがあったそうで、それによって新領土の支配権を確立できたそうですが、男王のその部分に支配した国の魂の全てがこめられていたと解釈すれば、日本で名前を献上したのと同じ意味になります。肉食文化ととそうでない国のやりかたが違うだけです。 モノというのは、そんなに簡単には新しい人の持ち物にはならないわけなのでしょう。まして一つの国の国土の全てですから。

あちらでは口を通してそのものを体内にとりこんで、消化したことになります。ヤマトヲグナと川上タケルの関係では、「下の口」を通して一時的に体内にとりこんだみたいですが、消化してしまうわけではありません。でも体内にとりこんだことは共通しています。現代では入れたほうが支配欲を満足させるという男性原理の解釈が多いようですが、古代では必ずしもそうではないのでしょうね。
(以上は日本書紀の物語から書きましたが、古事記ではストーリーが少し違います)

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