牛、死を知って泣く

むかし阿波国(徳島県)の長谷川越前という武士が、所用のために城下のある家を訪れると、庭先につながれていた一頭の牛が、空を見上げながら、目からいっぱい涙を流していました。不審に思った越前が門番の者にわけを尋ねると、この牛はまもなく家の主人の薬用のために食されるのだと言いました。(当時は四つ足の動物を食べることには禁令が出ていたのですが、肉が薬になるのだいえば問題なかったらしいです。)
牛の目は越前に何かを訴えかけるようでした。越前はこの牛を憐れに思い、所用を後まわしにして、すぐに殿様のもとに参上しました。話を聞いた殿様(蜂須賀公)は深く感じられて、特別のはからいにより、牛は越前に引き取られて育てられることになったとのことです。

これは曲亭馬琴の『兎園小説余禄』を読んでみようと手にした本にカップリングされていた神谷養勇軒という人の『新著聞集』の中の話です。

口蹄疫のために処分されるという数十万頭以上の牛の涙は、全部でどのくらいの分量になるでしょうか。

末広がり

27日の日中にカウンタが888888になったようです。末広がりというわけですね。

ここのところちょっとトランスねたの記事が多くて、重くなりすぎているきらいがあります。

写真は今年の2月ごろのもので、暑くならないうちにアップしておきましょう。

★5月28日、FC2ブログの記事(2007年7月以降) 30件あまりをこちらへインポートしました。こちらでは画像がないとさみしいので、いくつか追加アップしてみたいです。
なにかと
「家父長制」の?
江戸の三下り半
手なし娘
職業もいろいろ
# ジェンダー
北京オリンピックも終盤に
自然主義と美容整形
サッチャン
オーガズムの幻
トランスジェンダー
日本を蝕む投資家社会のこと
時をトランスする
『夢想兵衛胡蝶物語』と……
タイピストの夢
匿名報道と性別報道
mixi著作権騒動
千里の恋?
ちょっとからくち
誰が風を見たでしょう
老いを破り
姓名判断をやってみました
ペナンペ、パナンペ
とまらない涙
「がんばろう」と「祈り」
ネットの居心地
牧歌的トランスジェンダーのすすめ
青い鳥
ジュンメとジンケン
ジェンダーと境界
羽根結び
十二単のお姫さま?

自転車の歌

昼メロのドラマを見てたら、昭和のごく初期の時代で、お嬢さまが女学校に進学するので、自転車通学になるというお話でした。女学校へ行く人はまだ少ない時代で、学校の数も少ないですから、遠距離の通学になります。こうして大都市以外では自転車が普及していったことなのでしょう。
大都市では鉄道がだいぶ整備されて、当時、婦人専用車両もできたらしいです。これが廃止されたのは、軍部との関係なのかもしれませんね。

明治の40年代ごろの流行歌(ハイカラ節)によると、都の西北の目白台の女学生は自転車通学が多かったようです。女学生といえば袴姿。あの袴姿は、自転車通学のためのファッションだったのかも。
昭和10年代にも自転車の歌が流行りました。「お使いは自転車に乗って」という歌で、これも女性が自転車に乗る歌です。お使いだけでなくお勤めにも自転車は普及したようです。企業や公務員に女性がどんどん採用されていった時代です。それはつまり働き手だった男性たちが戦争のためにたくさん駆り出されてしまったからです。
以前、自転車のことをぐーぐるしたとき、戦前までは女性が自転車に乗ることを制限するような風潮があったと書かれたページがありましたが、一部の家庭ではそうだったのでしょうが、少し古いフェミニズム系の考え方の陥りやすい間違いでしょう。最近はそういう人たちも日本の歴史をよく勉強するようになっていると思います。

山水ガール

森の奥の湖、というほどではなくて、ちょっと郊外の渓谷や小さな森の中の池のほとりで撮った写真は、むかしからたくさんあります。

元祖「森ガール」というにはちょと気恥しく、「山女」では、やもめの山女でややこしく、「山岳ガール」というほどの装備はしてませんので、山水ガール。

山水ガールですね^^;

着るものはあるものだけですが、水墨画のようなモノトーンでは、しんみりしてしまいますので、少し色のあるもののほうが良いと思います。光がさして、風もふわりと……。
最新の写真ですが、あと何年こういうのをお見せできるでしょうか

おさのの物語

さるお殿様のお屋敷に、お姫さまのお世話をする"おさの"という腰元がいました。おさのは、年は15〜16歳のお年頃で、腰元に奉公に出たのは、今でいえば結婚前の社会勉強を兼ねた就職のようなものです。交通の不便な時代ですから、働く人は皆、住み込みです。お屋敷とは、職場のようなもので、力仕事をする下男もいましたし、事務方の武士もいました。
その若い武士たちが、おさののことを噂して言うには、年頃なのに浮いた話がちっともないのは不審だというわけです。そこで、一人の武士が選ばれ、まもなく節分なので、節分の夜に鬼のお面をかぶって、おさのの寝室に忍び込んで、言い寄れ、ということになりました。
そして節分の夜に二人は出会ったのですが、いろいろあってから、おさのが言うことには、
「私は誠の女ではありません。母が再婚してから、継父にいじめられないように、女として暮らし、お屋敷へも女として奉公に出ているのです。」
さて、二人はなぜか気が合ってしまって、そのまま蒲団の中へ……。節分の豆のような拾い食い?。一度すんだあとでも、鬼は何度もせがむので、おさのは残りの豆を蒔いて「鬼は外」と叫んで追い返したとか。

江戸時代のある艶本の中の物語なのですが、継父からの仕打ちというのが、当時はよくあったことなのでしょう。前の夫への嫉妬が動機になるのでしょうか。継父または継父のような人と、男の子との関係、その複雑さということでは、現代でも思い当るふしがあるかもしれません。

「質問」と「答え」と?

ある質問について、その答えが質問者から見てまったく予想外のことを答えてくる人は、どちらかというと、女性より男性に多いと思います。それが面白いか、座がしらけるかは、その人次第。
地方のお年寄りの人たちなどは、質問に対してストレートには答えず、遠回しだけれど内容はとても具体的で、話は長くなるのですが、その全体がなんとなく答えになっているという話し方が多いです。のどかな感じが良いと思います。
現代のサラリーマン社会では、ビジネス会話が主体になってしまいました。伝えることが大事だと言いますが、伝えるというその中味は、質問者の頭の中で想定したAかBかのどちらかに当てはめることができたという程度のことなのかも。質問者の世界観は少しも広がりませんし、Nと答えた人をどうしたらYと答えさせることができるかなどとわがままを言う始末。
昔の映画のようなしゃれた会話も、ストレートな答え方はしていません。それからゴルゴ13のようなニヒルな男の、意味深な会話も面白いです。
メールのやりとりなどでは、質問に対して答えるだけでは、バレーボールのラリーのようにはならなくて、だからすぐ途切れてしまうわけですね。質問の答えといえる部分はたった一語しかないとなると、ビジネス会話の極致といえるかもしれませんが、○○という映画を見ましたか?という質問に対して、「見た」という答えだけでは、話題は続きません。最近よくいわれる発達障害と関係してるのかも。

新企画

連休もあっというまに終わってしまいました。

今日の画像は横長にトリミング。見えてますよね。
インフォシークさんにアップしているデータ量は、もう最大容量50MBの90%に達してるみたいなので、そのせいかも?。
引越しするなら、容量が大きくて、広告の小さいところが良いでしょうね。
 

江戸時代の木版刷の本を読んだとき、早くは読めないので、ゆっくりゆっくり読みました。どのくらいゆっくりかというと、パソコンでタイプするのと同じくらいのスピードでした。そこで思ったことは、タイプしながら読んでも同じだということ。というわけで、その方面の文書ファイルがパソコンの中にたくさんできてしまいました。井原西鶴の「本朝若風俗」5〜8巻もあります。専門用語では翻刻というらしいです。

そのテキストを、新企画として、容量が大きくて広告の小さなところに、少しづつアップしてみようかと思っています。

若道と美道

ここんとこ江戸時代の本を読んだりしています。
江戸時代の武士の衆道については、やっぱりゲイにいちばん近いものなのでしょう。女嫌いを貫いた人たちのようで、「よくぞ十ヶ月も母親の中にいたものだ」というようなジョークは面白いとは思いますが、それに続く道徳論をながながと語るとなると、やはり日本人は論理が苦手のようで、屁理屈というのでしょうか、あほらしくなってしまいます。地若衆や舞台子たちは、そんな理屈は説きません。

文武両道ではなく「女若両道」というのもあるそうです。色の道に、女道(にょどう)と若道(にゃくどう)の2つがあるというわけです。「若」とは若衆のことですが、年齢が若いということではなく、40になっても70になっても若衆だと、井原西鶴の本に書いてありました。衆道という言葉よりも若道という言葉のほうが奇麗な感じです。

若道のほかに「美道」というのもあります。美少人(少年)を対象とするものですが、この「少」というのも必ずしも実際の年齢とは関係ないようです。「女美両道」という言葉はあまり見かけませんが、若道よりも美道のほうが良いかも?。
若さと美は永遠のてーまともいえますし、
若道と美道。

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