お別れの季節

「かなしい」という日本語の語源は「〜できかねる」の「かね」だと、聞いたことがあります。不可能なこと、どうしても避けられないことに直面すると、人は悲しいと感じ、そして泣くのでした。
絶対的に避けられないことがあります。人はいつか死にます。別れは必ずあります。子ども時代はいつまでも続きません。

お友だちが転校していったときは、何日も泣けばいいと思います。携帯メールもあるし今までと同じだよといってもやっぱり違います。徐々に徐々に縁遠くなっていってしまうのよりも、今すべてを受け入れて何日か大泣きしたあとで気持ちを切りかえて、いつか懐かしい手紙にふれるほうがよいと思います。

卒業の歌といえば「卒業写真」(by Yuming)。この歌は卒業の時点でのことを歌にしたわけではないのです。大きな悲しみをともなう事件は、その時点では言葉には書けないので、懐かしい回想としてよみがえることになるのでしょう。

歴史上の空想ですが

日本史上の人物で、女性とされているけれど、本当は男性かもしれないという説のある人について。濃姫さん以外では、ぐぐってみても面白そうなページは出ませんね。
卑弥呼とか持統帝とか、政治力の強い人たちでは、面白みがありません。もともと歴史の記録に残った一般女性は数が少ないのに、更に少なくなってしまいます。
MtFとなれば、やはり美貌で知られた人でないとぴったりこないかも?。そこで空想をしてみました。

衣通姫。……いいかもしれません。となると、軽皇子との心中事件はアヅナヒの罪? そういう罪があったかどうかはわかりません。でも、軽皇子は青銅の武器を使って、鉄器の新勢力に敗れたわけで、古い風俗を代表していた人かもしれないので、その線で空想してみるのも面白いかも。

女帝のなかで一番は、孝謙帝でしょう。皇子たちが不審の死をとげる権力抗争の激しい時代に、難を逃れるために最初から女性としてふるまったのかもしれません? 道鏡のような実像としては権力欲のない学者を重用したのもうなづけますし、だいいち独身で子もいません。小説ネタとしては面白いとおもいますけどね

歴史上の人物で女性説のある

日本の歴史上の人物で、男性とされてきた人が実は女性ではないかという説がいくつかあるようです……
上杉謙信徳川家重(9代将軍)についての本は面白いかもしれません。
稗田阿礼(古事記の語り部)女性説はかなり昔からありました。

安徳天皇は幼かったですね。
織田信長、天草四郎は、実際のところは服装だけではないでしょうか。
沖田総司は小説や映画で美男にされてからの説でしょう。
柳生十兵衛はシャレみたいな感じですが、永井豪のマンガの影響じゃないでしょうね?

さてもう一人、万葉歌人の柿本人麻呂。これは平安時代の初めに、日本の二大歌聖とされたのが万葉時代の山部赤人と柿本人麻呂の二人でした。二人セットで語り継がれるうちに、二人のうち一人は女性ではないかという説に発展?したらしいです。柿本人麻呂のほうが情感のこもった歌が多いので、女性的に受けとめられてのかも。柿本人麻呂は個人の名ではなく無数の吟遊詩人のような人たちの総称のような名前だという説もありますから、その無数の人たちの中には女性もいたことはじゅうぶんありうることとは思います。
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歴史上の人物で女性説のある(その2)

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