泣く男 2

(アメリカでのリコール騒動があり)、トヨタの社長さんがアメリカの公聴会を終えて現地の社員の前で泣いてました。そういうこともあるのでしょうね。

映画評論家の佐藤忠男氏によると、1950年代以前の日本映画に出てくる男はよく泣いたそうで、当時の実際の男たちもよく泣いたのだそうです。もっと昔の明治大正時代には、男はもっともっと泣いたと言う人もいます。
1960年代以後、日本の男は泣かなくなったらしいです。この時代、子どものころ「男の子は泣いちゃいけません」なんて叱られた人も多いでしょう。1980年代までが、男がいちばん泣かなかった時代だということになります。

バブル崩壊後の1990年代から、スポーツ選手とか、花婿さんとか、人前で男性がまた少し泣くようになりました。ある意味で、男性たちの言語能力が劣って来たためともいえるのかもしれません。表現したい感情があっても、言葉でうまく表現できないときに人は泣きますから。
トヨタ社長の場合は、言語能力はじゅうぶんだと思いますが、大きなストレスから解放されたあとでしたから、スポーツ選手のケースと状況が似ているのかもしれません。
髪を切る男と泣く男

悲しいけれど、怖くない

「悲しいけれど、怖くないもの、なぁーんだ」

なぞなぞです。なんでしょうね。

「玩具」? 暗い部屋で古い人形にスポットライトのような光が……、怖いですよ。

「雨音」? 誰もいない静かな夜に、ポツ…、ポツ…。怖いですね。

「60歳」? そんなトシになるのは怖いです。

「16歳」? やっぱり答えはこれかも?。

「ひとりぼっち」とか「死」とか言える人は、えらいです。

お相撲のこと

あるフリーライターの人が言うには、自分の仕事はやくざな稼業だって、言ってましたけど、広い意味でのやくざというわけでしょうけど、少し意味を狭めていえば、股旅映画の渡世人やら、フーテンの寅さんなんかもそういう部類といえるのでしょう。悪い人たちではありません。組織ができていて、その時代の世の中からはみ出てしまったマイノリティの人たちを受け入れてくれて、社会福祉のようなところもありますし、そのほかさまざまな芸能の歴史などにも貢献してきた、そういう人たちなわけです。そういうはみ出し?芸人の中には、トランスさんたちもふくまれる場合もありますね。
芸能や興行などにも古くから深く関わりがあって、大相撲もそうです。ただし、いつのころからか、悪い組織もタニマチに関わっているような感じがしています。暴対法が施行されたのが1992年ですが、この法律はグローバリゼーションの波の中で欧米から押し寄せてきたものらしく、日本のやくざとは全く別種のマフィア対策を国際的に約束してきて、それをお役人たちは何が何でも日本社会へ当てはめて、日本でもやるべきことはやっていると国際社会へ報告しなければならなくなったらしいです。このやりかたをめぐって、しっくりいってないんじゃないでしょうか。大相撲でさまざま問題になっているのは、そこに根源があるような気がします。大相撲はグローバリゼーションを拒否してもさしつかえのない固有の文化なのですが、外国人力士を受け入れてしまったので、そうもいかなくなってしまったのでしょう。

大相撲の土俵の上が女人禁制であることは、尊重されるべきことと思いますが、江戸時代に観客を男性に限ったことから始まったもので、そんなに古いことではないらしいです(6世紀ごろの女相撲の記録もあるらしい)。"客"に対して条件をつけることがかえって集客力を高めるという営業的観点のものだったそうですが、200年もたてば一つの"伝統"になるわけなのでしょう。

身長差

5歳あるいは10歳くらい年の差がある人どうしでは、たいていは若い人のほうが身長が高い、という時代が、少し前までありました(これは同性に生れた人どうしのことですけど)。
日本人の平均身長が急速に大きくなって行った時代があって、それは20世紀の、近代日本の経済成長の時代と重なっています。
トランスさんからみると、年上で背も高いという2つをそなえた男性は、ある時代まではとても希少価値があったわけです。

ところで、現在は東洋人よりも西洋人のほうが背が高い傾向がありますが、有史以来ずっとそういう差があったかというと、そうでもないようなのです。15世紀ごろ東南アジアを訪れたヨーロッパ人の記録によると、当時は、平均身長はヨーロッパ人よりも東南アジアの人のほうがやや大きかったそうです。文明についても、当時はまだ東洋のほうが優位だったようなところがありますね。
(画像はコロンブスと上陸した西大西洋の島の先住民の絵ですが、ほぼ同じ身長)。

その後の時代になってヨーロッパ人やアメリカ人は大型化していったことになります。
でも20世紀前半のアメリカ映画を見ると、小柄な感じの男性スターも多いです。フレッド・アステア、ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、チャップリン。彼らくらいの体格が、当時のアメリカの平均だったのかどうか。
日本人は東南アジア人と違って、背が低かったという15世紀のヨーロッパ人(フロイス)の記録もあります。

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