徒然夢物語夜講釈

歌舞伎の市川家といえば、名門中の名門。家紋は「三桝の紋」で、三重の四角形をデザインしたものだそうです。
下の絵の中央の人物の羽織に、そのような紋様が見えます。その人物の左下に「三桝の紋付候 衆をまいらしゃう」と書いてあります。
右下には「弁慶 二役」とあって、山伏のような弁慶の服装をしているわけでしょうね。

絵は『兼好今法師志道軒・徒然夢物語夜講釈』奥村政信(画)にあるもの。
最初のほうはかすれて読みにくいですが、読めるところから読んでみましょう。送り仮名を補って書きます。

 見申せば、風雅成る御いほりに
 「俳林男好堂衆道軒」とうち、
 あまた若衆たち御座候こそ ふしん也。

しゃれた庵の入口に妙な看板があり、若衆がたくさんいるのが不審だというわけです。

 さて此の松は 名のなき事は候まじ。
 御物語候へ。さんぞろ。
 此の松に付いて、さる物語の候。語りてきかせ申し候べし。

入口に松の木があり、何かいわれがありそうなので、語ってくれというわけ。

 むかし此の所、年頃(ねんごろ)致し候兄分有り。
 此の人外に若衆を持ちなふを(若衆は)恨み、
 此の松かけにて心中なさんと 待ちいたる。
 兄分、是をききて出あはず。
 若衆ぜひなく松に一句を残して
 「あだ人を まつにかひなき 時雨かな」
 とかきて、国もとへ立ちかへり候。

ねんごろ(懇ろ)の兄分とは若衆の恋人のことで、この恋人は他の子と付きあっていることがわかり、思いつめた若衆は、心中しようと決意して恋人を待ちかまえます。しかしそれを察知した恋人は会おうともしません。若衆は、すべもなく、むなしさを感じて一句を残して国もとへ帰ったそうです。
「あだ人を、まつにかひなき時雨かな」、「あだ」は婀娜と仇、「まつ」は待つと松、「かひ」は買ひと甲斐をかけてあるわけですね。

歌舞伎の「安宅の関」や長唄の「安宅の松」のパロディになってるのでしょう。

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