空気とキャラ、検察問題

フォーラム神保町主宰の今年6月に行われた、検察問題や普天間基地の問題をテーマにしたシンポジウムを見ました。2時間以上あったかも。
http://www.youtube.com/watch?v=y_YnFEbERFM
弁護士の郷原信郎氏や安田好弘氏は、理路整然とよどみなくお話しされて、有能な弁護士とはそういうものなのでしょうね。そのまま本にしても加筆等は一切不要かも。
宮崎学氏は、ブログを見たことがあるのですが、意外にシャイな話し方をされる人だとわかりました。
宮崎氏の話に、空気に流されて行く世の中、というような言葉がありました。いかにも日本らしい話です。佐藤優氏はわからない部分のある人ですが氏によると、官僚の意向を聞かなくても察することができる政治家を官僚は可愛い政治家と思っているそうですが、察するとは、空気を読むということなんでしょう。昨年秋に防衛副大臣の人が「対等な日米関係」の意味を問われて、アメリカの言いなりではなくて、言われる前に(アメリカの意向を察して)どんどん提言することだと、わけのわからないことを言ってましたが、同じことなんでしょうね。小沢一郎氏の言動はアメリカに嫌われるかもしれないので、アメリカから言われなくてもそれを察して、それは安保のように国内法に優先されることなので(これは誤りですが)、国内法を無視してもとにかく叩け、ということなのかも。
官僚の一人一人は善意でも、全体としておかしな方向に行ってしまっているという発言もありました。外から冷静に見れば気づくのですが、当事者になると気づかないのでしょう。
いかにも日本人的で、日本人の欠点だといえると思います。

けれど、こういう日本人の欠点をカバーするシステムが、昔はあったように思います。江戸時代にはありました。
それは江戸の町奉行の、北町奉行所と南町奉行所という分権システムです。二つの奉行所が、月番制で一ヶ月交替で業務に当るので、相互チェックのシステムにもなっているわけです。
「政権交替が可能な二大政党制」というのも、欧米を真似るだけでなく、江戸に学ぶようにしたらいかがでしょう。
最近言われている地方分権ということも、2つでなく、もっと多数に分権して、誰の目にも比較チェックができるということだと思います。

「空気」の他にも、「キャラ」の問題も感じました。今の日本人はみんな本来の自分とは違うキャラを演じることで、かろうじて社会グループにとどまっているわけなのですから、
小数の人をいじめキャラや悪役キャラに仕立ててしまっても、悪意でそうしてるわけじゃないと思いこんでいるのかも。

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