読書の秋

HPの読書のコーナーの「私の本棚」のページを更新。
最近のオタク的な本もいくつか入ってます。オタク的というかカタログ的やBL的なものと、医療・法制的な本が、2000年代は多くなりました。出版点数も多いと思います。
1990年代は、今から思えば、ジェンダー論花盛りといった感じでした。ジェンダー論からのトランスジェンダー論ということだったかも。
1980年代以前は、関連する本は本当に少なくて、著者それぞれの個性が感じられるものばかりで、この分野では古典の扱いになってゆくのでしょう。

更新した項目の中に、大正時代ごろのものと思いますが、田中香涯氏の著作が国立図書館サイトで読めるのでリンクしました。無料で読めるので、読書の秋にいかがでしょうか。

萩の花

萩の花といえば、花札で猪の描かれた絵を最初に思い浮かべてしまいます^^ゞ

西洋の花言葉は、思案・前向きな恋・想い・内気・物思い。

日本ではこんな和歌があります。

 春日野に咲きたる萩は 片つ枝は未だ含めり 言な絶えそね(万葉集)

春日野に咲いた萩の花。でも片方の枝はまだつぼみのまま。ああ、どうか「言」を絶やさないでおくれ!

「言」とは「言問い」のことで、訪れて求愛することだという解釈があります。
満開を待たずに季節が移ろってしまうこともあるのでしょう。

空気とキャラ、検察問題

フォーラム神保町主宰の今年6月に行われた、検察問題や普天間基地の問題をテーマにしたシンポジウムを見ました。2時間以上あったかも。
http://www.youtube.com/watch?v=y_YnFEbERFM
弁護士の郷原信郎氏や安田好弘氏は、理路整然とよどみなくお話しされて、有能な弁護士とはそういうものなのでしょうね。そのまま本にしても加筆等は一切不要かも。
宮崎学氏は、ブログを見たことがあるのですが、意外にシャイな話し方をされる人だとわかりました。
宮崎氏の話に、空気に流されて行く世の中、というような言葉がありました。いかにも日本らしい話です。佐藤優氏はわからない部分のある人ですが氏によると、官僚の意向を聞かなくても察することができる政治家を官僚は可愛い政治家と思っているそうですが、察するとは、空気を読むということなんでしょう。昨年秋に防衛副大臣の人が「対等な日米関係」の意味を問われて、アメリカの言いなりではなくて、言われる前に(アメリカの意向を察して)どんどん提言することだと、わけのわからないことを言ってましたが、同じことなんでしょうね。小沢一郎氏の言動はアメリカに嫌われるかもしれないので、アメリカから言われなくてもそれを察して、それは安保のように国内法に優先されることなので(これは誤りですが)、国内法を無視してもとにかく叩け、ということなのかも。
官僚の一人一人は善意でも、全体としておかしな方向に行ってしまっているという発言もありました。外から冷静に見れば気づくのですが、当事者になると気づかないのでしょう。
いかにも日本人的で、日本人の欠点だといえると思います。

けれど、こういう日本人の欠点をカバーするシステムが、昔はあったように思います。江戸時代にはありました。
それは江戸の町奉行の、北町奉行所と南町奉行所という分権システムです。二つの奉行所が、月番制で一ヶ月交替で業務に当るので、相互チェックのシステムにもなっているわけです。
「政権交替が可能な二大政党制」というのも、欧米を真似るだけでなく、江戸に学ぶようにしたらいかがでしょう。
最近言われている地方分権ということも、2つでなく、もっと多数に分権して、誰の目にも比較チェックができるということだと思います。

「空気」の他にも、「キャラ」の問題も感じました。今の日本人はみんな本来の自分とは違うキャラを演じることで、かろうじて社会グループにとどまっているわけなのですから、
小数の人をいじめキャラや悪役キャラに仕立ててしまっても、悪意でそうしてるわけじゃないと思いこんでいるのかも。

昔の中国でのお話

こんなページを見つけました。
http://trushnote.exblog.jp/8682722/ 中国史における男色について
「後漢末期からは地方豪族・貴族の力が強くなり洗練された文化が栄えますが、その中で何晏に代表される美男と評判の男たちが白粉・紅を用いて女性同様に化粧をする風潮が見られます。それと連動してか、西晋時代になると「男寵が大いに興り、女色よりも甚だしかった」と記される程に貴族社会で男色が流行するに至ります。」
明以降は士族や文人にも広がったとも書いてあります。

さすが中国はスケールが大きくて華やかです。そこへいくと日本では、僧侶とか武士の話では、ひそやかで質実剛健というか、とても地味で、あまりお金のかからないやりかたです。日本の支配者は中国やヨーロッパよりもずいぶん質素な生活をしていたからなのでしょうね。

中国では、纏足(てんそく)といって、小さい足の女性が美人とされたことから幼いころから小さい靴をはかせたりして不自然な生活をさせたそうですが、それほどのお国柄ですから、「男寵」に選ばれる少年たちも小さいころからある種の肉体加工をしていたのではないかという疑問がわきます。「宦官(かんがん)」との関係はどうなのでしょうね。日本では稚児に肉体労働をさせないくらいのことは聞いたことはありますが。

日本人は、無理をせず、ぜいたくもせずなのですが、そのおかげで、美意識の世界や情緒的なものに関心が集まって、美のはかなさのような人生観が語られるわけなのですね。ただ残念なのは、華やかさが少ないために、日本ではこの分野のことは男色の研究者の専門になりすぎるきらいがあるように思います。もう少しトランスジェンダー的な視点から見直ししても良いのかもしれません。

^.^ゞ

引越し1か月

HP引越しから1か月たちました。楽天さんのことですから11月に入れば躊躇なく古いページをみんな消してくれることでしょうね。

石の上にカメラを置いて、セルフボタンを押して、そうやって一人で記念写真を撮りました。カメラの場所に戻ってみると、カメラの上に赤トンボがとまっていました。絵になるシーンだなと思って、その赤トンボを写真におさめようと思ったのですが、カメラの上に乗っているのでダメでした。

……この写真も腕が太めになっていますが、もしかすると今まででいちばん体重が増えているかもしれませんね。にの腕とウエストまわりが目立ってしまいます。運動とか、いろいろ考えないといけないかも。

行楽の秋

世界が明るくなったような写真ですよね。
これはセルフの撮影で、カメラは押すだけしか知らないのですが、ときどきこういうふうに光が強すぎて撮れることがあります。雰囲気はいい写真だと思います。

行楽の秋、関東で人気なのはやっぱり箱根でしょうか。
江戸時代に箱根には関所があって、「入り鉄砲に出女」といって、江戸から出て行く女、特に大名家のお姫さまなどが変装して出て行かないように、厳しい取り締まりがあったそうですが、こんな狂歌があります。

 どうしても男と見えぬ女形 半時かかる関の改め

1時間(半時)も調べられるのはたいへんです。

 むづかしや関で見らるる若衆の乳(ち)

男の役人ではなく「改め婆」という老女が、からだを見てセックスチェックをしたそうです。

 若衆の美し過ぎて関所で念

念を入れてチェックされるということでしょうね。

可能性を秘めた過去

こういう感じの服装が最近の自分によく合っていると思います。
日傘か帽子があったほうがいいですしバッグも違うほうがいいでしょうけど。

ダイエットについては少しやせたと思ったらまた戻ったりのくりかえしですが、これからもそうなるのでしょうね。

何年か前にあるブログで、性転換は親が亡くなる年代になってからでいいじゃないか、そうすれば親に心配をかけずに済む、なんていうのをなぜかよく憶えているのですが、実際はそういうエネルギーは、だんだん薄れてしまうわけなんですね。とくに日本人は、親子関係以外にもいろんな人間関係に絡まれてしまう人が多いのではないでしょうか。若隠居でもしないかぎり、身動きがとれなくなるでしょう。

将来のことはわかりませんが、過去のことを考えれば、たしかに違う人生もあったかもしれないけど、けっきょくこういう人生でしかなかったわけです。それ自体は幸不幸のどちらでもありません。選択が正しかったとか正しくなかったとかいうことでもないですし、選択すらできなかったですけれど、
ひとことでいえば可能性を秘めた過去ですね。
……すこし、眠くなりました。

彼岸花


「実りの秋」とはいうけれど、
種がないから実らないし、種をもらっても実らない?

いいえ私は種は残さなくても球根が命の水仙の花」……こんなことを書いたこともありました。

彼岸花も球根で咲く花らしいですね。
今年は例年より咲くのが遅めでした。

田んぼの畔に咲く彼岸花は、秋の豊穣のアクセサリーのようで奇麗なのですけど、
でも日陰に咲いてたりすると、ちょっと恐い花です。

センチメンタル・トランス

さみしい気持ちになる季節。
毎日気がつけばいつのまにか夕暮れになってしまっています。

青春時代が春なら、もう夏は過ぎてしまって、いつのまにか秋にさしかかるような年齢になってしまいましたね。

花びらを重ねて装ったり、葉を繁らせて鎧のように身につけたりしたような季節は、もうやって来ないのかもしれません。

ひとつひとつ惜しみながら葉を落とし、花びらを散らしながら、
双葉の時代に還ってゆくような、とてもシンプルな世界を見たいと思っています。
脱ぎ捨てることでもあったような、そんなトランス。

| top |