自然を身近に

ウルトラマンのシリーズについて書かれてあるページを見てきたのですが、1960年代の最初の「ウルトラマン」「ウルトラセブン」のころは、本格的なSFファンからの評価も高いようで、なるほどと思います。
70年代の「帰ってきたウルトラマン」以後は、そうではないようで、何かドラマの筋立ても変わっていったらしいです。良く言えば「人間ドラマ」風なストーリーになっていったそうで、詳細はわかりませんが、ありそうなことですね。
つまり、卑近な人間関係にばかり気を使うような子が増えていった時代ということです。そういう意識がどうにもならなくなると、70年代末には校内暴力が問題になり、80年代にはいじめ問題なども表面化してきたわけなのでしょう。
子ども時代にはもっと宇宙のことに夢中になったり、そのほか好きな趣味のことに夢中になれるのが幸福だと思います。

SFから人間ドラマへ、というのは、子どもたちの科学離れのきっかけだという人もいます。身近な生活のことばかりということでは、近代日本文学のあの私小説的世界に似てるともいえなくもありませんね。
でもそれよりもやっぱり、野菜は育てるものというより、商品として買うものにすぎないような生活で、自然が身近なものとして感じられなくなってゆく時代になってしまったのが大きいと思います。
グローバリズムの前提には、自然よりも人間を優位に置く欧米的な偏向の世界があると思いますが、東洋的な自然との共生のような生活が崩れて行くことがないと、グローバリズムも侵入できないわけなのでしょう。

Trackbacks

コメント

まりっぺ : 2009年9月2日 07:17

大変意味深い日記だと感じました。
科学離れねターニングポイントは1970〜1972年頃だと思います。それまで日本人は科学が万能だと思い、科学によって明るい未来都市を頭に描いていましたから。しかし高度経済成長の負の部分である「公害」がクローズアップされ、次第に科学冷めていき人間性を求め出したのが、このターニングポイントでした。ちょうど70年代アイドルが登場してきた時期です。人々は癒しに飢えていた時代だったかもしれませんね。
そして今、科学は環境問題や石油枯渇に備えた新エネルギー開発研究になくてはならないものですけど、何故か日本のどこの大学・大学院も環境科学系の学科はあまり人気がないんです。心理学系の学科は高倍率なのに・・・

中学や高校の理科教育にも問題がありそうです。年々地方自治体の教育予算が削減され、生徒が興味を持つ実験が減り、暗記・計算主体の理科教育に拍車がかかっていますから。。

鳩子 : 2009年9月3日 03:27

社会科学を含めた「科学」一般から時代が離れて行ってしまったようなのですが、そうなのでしょうね。
「人間ドラマ」と書きましたが、要するに他人に良く見られたいという意識ですから、人間の学問へではなく、広告戦術的な方向へ関心を縛られてしまうようですね。心理学が人気というのもマーケティング的な関心なのかも。

70年代に環境問題がクローズアップされたことはよく知られていますが、70年代後半から「Uターン現象」が注目されバブルの直前まで続きました。地方重視のああいう生活スタイルがなぜ顧られなくなったのでしょうね。
それと現代の混迷の源は71年のニクソンショック(変動相場制)に始まると思うのですが、当時は幼くてそれについての本も読むことができなかったのですが、今後考えていきたいと思っています

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