心とからだ

心の性別とからだの性別というような話、またはそのほかの話からも感じることは、心は常に正しき主人であって、からだは服従するものなのかどうか、ということです。

逆に「からだが心を支配すべきである」と言ってみたとき、人はたいてい眉をひそめ、食欲や性欲を連想し、からだは欲望の源くらいのことしか考えていないことがわかります。
けれど必要以上のそういった欲望は、むしろ心から出ていることは確かです。自然の純粋なからだは、常にほどほどのものを求めるだけであることは、同じ動物たちの例からもわかります。ですから、からだが心を支配してくれたほうが、どれだけ心は安らぐことでしょう。

ちょっとSFもどきのショートストーリーで、そういう意味でのからだが心を支配しているような世界のお話が書けたらおもしろいと思いました。

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