心とからだ

心の性別とからだの性別というような話、またはそのほかの話からも感じることは、心は常に正しき主人であって、からだは服従するものなのかどうか、ということです。

逆に「からだが心を支配すべきである」と言ってみたとき、人はたいてい眉をひそめ、食欲や性欲を連想し、からだは欲望の源くらいのことしか考えていないことがわかります。
けれど必要以上のそういった欲望は、むしろ心から出ていることは確かです。自然の純粋なからだは、常にほどほどのものを求めるだけであることは、同じ動物たちの例からもわかります。ですから、からだが心を支配してくれたほうが、どれだけ心は安らぐことでしょう。

ちょっとSFもどきのショートストーリーで、そういう意味でのからだが心を支配しているような世界のお話が書けたらおもしろいと思いました。

22日の日食

22日は日食が見られるそうです。
東京地方では午前9時55分ごろから12時30分ごろまでで、11時13分ごろが最大で75%も欠けて見えるそうです。
深夜のNHKテレビで解説をやってました。こういうときは、昔だったら草下英明先生なのですが、1991年に66歳でお亡くなりになっています。早すぎましたよね。楠田枝里子さんの解説で見たい気もしますね。

夏休みと人生

7月のお盆がすぎると、もうじき夏休みです。子どものころは、夏休みにはあれもやりたい、これもやりたいとたくさん計画らしきものを考えるのですが、夏休みはいつもあっというまに過ぎ去ってしまったものです。

やり残したものがいくつもあるのにと思いつつ、夏休みは終りを迎えてしまうものでした。
人生も終りに近づくと、たぶんそんな感じになるのかもしれませんね。
やり残したことはあったかもしれないけど、とにかく次の段階というか新学期の準備をしなくちゃということになります(あたしの人生については、まだ先はかなりあるとは思いますけど)。

子どもたちは、それまでは、夢中になれるものに夢中になっていられればということでしょうか。決められた宿題だけは忘れてはいけませんね。

新タイトルはどうなるか

もう一つのぶろぐの「忘れな草紙」と統合しようか、どうしようか、タイトルはどうするのかとか、ずっと気になっているのですが、妙案が浮かびました。

1つは、短かめの記事は、ここの日記へインポートする。
2つは、長めのものは、「読書」の中のページとしてアップする。

3つめ、タイトルが問題なのですが、「忘れな草紙」という名前が消えるのはもったいないということで、「鳩子のホームページ」というのがありきたりすぎますので、「鳩子の忘れな草紙」に変えてしまおうという案なのです。
さて、どうなることやら。

どさくさに

政治のどさくさにまぎれて、臓器移植法が可決になったというニュースがありました(記名投票だったらしいです)。
鳩子としては、「脳死」を人の死とすることには反対です。
テレビで医療関係者の記者会見を見ましたが、選挙で当選した若手議員のように胸を張って勝ち誇ったような、政治的な決意表明としかいえないような話し方も印象悪いです。もう少し命へのいたわりや、生命のいとなみへの敬虔さがほしいものです。

医療関係者はもうマニュアルはできているのかもしれませんが、長い間不治の病でこれだけ気の毒な人がいる、これだけ可哀想な人がいると言って家族を説得にかかるのでしょうか、どうやったら拒否できるでしょうね。
それでも心のしこりが残った人たちに対しては、これはもう水子供養の裏返しみたいなものですから、新しい宗教ビジネスが流行るのかも。医療ビジネスvs新宗教ビジネス?
「逆ドナー登録」というのも現れるかも。

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