タッチパッドの指

ノートパソコンのタッチパッドを使うとき、どの指を使う人が多いのでしょうか。ぐぐたら、アンケートがありました。
http://q.hatena.ne.jp/1141705284
親指 9、 人差指 53、 中指 28、 薬指 2、 小指 2

人差し指の人が多いですね。物を指差すときは人差し指だからだそうです。
中指は、長いからでしょうか。
親指は、他の指をキーボードのホームポジションに置いたまま使えるからだそうです。

私は薬指派なのですが、こんなに小数(2%)だとは思いませんでした。タッチパッドの指の動作は、薬や化粧品を使うときに似てますから、薬指がいちばんぴったりくると思うのですが……。さいきんは薬指をよく動かせない人も増えてるのかもしれません。

三味線ブギウギ

YouTubeの海外の動画で、「ゲイシャ・シンガー」うめ吉の三味線ブギウギというのを発見。英語のページでしたが、声が市丸姐さんによく似ていたので、市丸姐さんの声に合わせて踊っているのかと思ったのです(はるな愛さんみたいにです)。でもほかのものを聞いてみて、本人の声だとわかりました。奇麗な声ですし、よく似てますよね、ブギのギが鼻濁音になったり。
amazonでもいろいろ試聴してみましたが、童謡より民謡や俗曲のほうが良い感じでした。
公式サイトをみると、なかなか美人ですし多才な人のようです。
http://www.satoh-k.co.jp/ume/

芸者の芸名で、○吉、○丸、○奴など、一見男性名のようにも見える名前は、何故なんだろうとは、よく話題になることがありますが、調べてみると、江戸時代に江戸深川の辰巳芸者と呼ばれた人たちが、男装などを取り入れた芸で売り出して、芸名もそのようにしてから、広まったらしいという話があります。もともと「芸は売っても色は売らない」というのが芸者なので、客から女性名で呼ぶのはふさわしくない雰囲気がありますし、粋ではありませんから、深川以外でもどこでもそういうのを取り入れる下地はあったわけなんでしょうね。けれど○吉、○丸などの○の部分は、たいてい女性的な名前になっています。

お彼岸

お彼岸になりました。
これまで有名人が亡くなってとてもショックを感じたことが何回かありましたが、たくさん影響を受けた人だったからなのでしょうね。

最初のショックは平成元年の手塚治虫でした。子ども時代の一番のヒーローは漫画家手塚治虫でしたからね。
それから一般的な意味での有名人ではありませんが、1999年だったと思いますが、Queenという雑誌の編集後記でRK子さんが亡くなったと書かれてあったときも、びっくりしたものでした。年齢はそこそこいってらしたようですけれど。
次は2005年、杉浦日向子さんでした。世代の近い人というのはキツイですよね。とにかく若すぎました。
その翌年の2006年は、おじゃる丸の作者の犬丸りんさん。さらに自殺という報道でしたのでショックでした。

歌手の高田渡は、調べてみたら2005年でした。
童話作家の小沢正は去年だったと思いますが、Wikipediaに項目がないので確認できません。検索しても本の販売サイトばかりというのは、なんとかしてほしいですね。

こういう経験は、年齢とともに、どんどん増えていくんでしょうね。そしてある年齢になったとき、列挙してみるのもイヤになるのかも

昔の作曲家のラジオ番組

昔ラジオ番組で聞いた記憶のことを書いてみます。
作曲家の團伊玖磨という人の番組がTBSラジオであったのですが、1975年ごろのことで、荒井由実の特集をしてたのです。團氏は荒井由実の作曲をすごく評価しているとのことで、一番好きな曲は「紙ヒコーキ」で、あの曲はすばらしいと、ユーミンにじかに会ったとき言ったんだそうです。そして「そのとき彼女何って言ったと思う? ボクがっかりしちゃったの」と言うので、何かと思ったら、「彼女が言うには、年配の方にはよくそう言われますだって」ということでした。年配のおじさんに見られてがったりしたということみたいです。でもあの歌はいいですね。歌詞の内容もシンプルだし、どこか懐かしい感じの曲です。ま、そういうところがオジサンオバサンにもわかりやすいというのはあったのかもしれませんけど。

もう一つよくおぼえているのは、1980年の秋のことで、作曲家の服部良一の番組に、デビューしたての松田聖子がちょこっと出たのです。服部先生は、べたぼめでしたね。聖子ちゃんは大作曲家の前で緊張してて、短い会話が少しあっただけだったと思いますが、「歌うときはどんなことに気をつけてるの?」「はい、口を大きくあけて歌うようにしてます」「それは良いことですね」というようなやりとりがあったのをおぼえています。「風は秋色」がヒットしていたときでした。

ふだんの会話

普通の世間話というんでしょうか、過去のある二人の人間の会話のやりとりを、忠実に再現するようなお話のしかたがあると思います。二人のうちの一人は話し手本人であることが多いです。
二人の会話を一人で演じるのですから、おちがつけば落語のようでもありますし、ちゃんとストーリーになってるわけです(脚色が多いみたい)。私ももう少しこういうのができれば、小説くらいはどんどん書けちゃうような気がするわけです。でもあまりできません。

けれど漫才のように相手にツッコミを入れてみたり一人でボケてみたりは少しはできると思います。あとは特定の人物についての思い出を一人で講談風?に語るくらいでしょうか。

やっぱり話題としては、歌とか本とか旅行とか趣味の話題が、気楽で良いと思います。ときどきちょっとマトを得たような短いコメントを発して周囲を感心させてみたり、しかもそれが受け売りコメントではなくて……。そして、詩的なインスピレーションがわいてきたりしたら楽しいですね。
意外なものどうしの共通点の指摘とか、あれも良かったこれも良かったというふうに連想ゲームのようにずっと連なってゆくようなのとか……

落語のしぐさ

CD付きの落語の隔週雑誌に、落語家による「女性の仕種」の基本のことが書いてありました。五街道雲助師匠でした。いくつかピックアップしてみますと……
「からだを左右非対称に」……これは写真ポーズでも基本でしたね。座布団の上の和装ということだと思いますが落語では「両手を片方のひざの上で重ねる」だけでもよいそうです。ちなみに、椅子で洋装のときは、ひざから下を斜めに揃えるだけでもいいわけでしょうね(足先は引っこめすぎないほうがいいらしいです)。
笑うとき口もとを片手で隠すときは、和装ですから袖の先で隠すそうです。手は袖の中に引っこめてるわけです。普通は手を出したまま隠すと思いますが、それではなまなましすぎるからでしょうか。(落語家の男性の手だからということでなく、昔の女性がそうだったのかも)

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