冬のある日

私は生れたときはからだが弱かったらしく、4歳のころ生死の境をさまようほどの重い病気にかかったらしいのです。そのときの病気の記憶はまったくないのですが、ある冬の日に日向ぼっこをしながら見たもののことは、今でも鮮明に憶えています。見た内容はプライバシーなので書きませんが、ずっと病気で臥せっていた冬のある日、穏やかで暖かい日だったので、ほんとうに久しぶりに庭に出てみたときのことだったようです。

もし何十年か古い時代に生れていたとしたら、私は4歳の時に死んでいたことでしょう。
その後の私の生は、余分な時間の中の虚無にも見えますが、失ったものを引きずってでも生きて行かねばならない貴重な時間には違いありません。

自分の死を並べる詩人のように、このときの死がまた一つ、目の前に並びます。

ちょっとセンチに気どってみました。
本当は、「手なし娘」「阿闍世コンプレックス」につづく「百鬼丸コンプレックス」みたいなことを書こうと思ったのですが、後日にします。

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