日本語アクセントと作曲2

英語の歌は、言葉の強弱アクセントにしたがって、2拍子のリズムなら1拍目に言葉の強アクセントがくるように作曲されている、ということを前回書きました。
「ロンドン橋」の歌の最後はこうなります(太字が強アクセント)。
 「/イ・/フェア・/レイディー」

「レディー」は2音節なので、最後の小節には音符が2つ並びます。昔の日本の歌ではこういうことはほとんどなくて、最後の小節は音符1つ、つまり最後の音節だけを長く伸ばす曲ばかりです。「さいたー、さいたー、チューリップのはながー」という感じです。
これは日本語の言葉の最後に強アクセントがあるためではなくて、和歌を朗唱するときに句切りのところで長く伸ばす習慣から来ているのでしょうね。リズムは無視することになります。

余談ですが、「君が代」の作曲は、本当は「千代に八千代に(ー)」で長く伸ばさないといけないはずですが、伸ばさないですぐに「さざれー」と続いてしかも「れー」までが一続きであるかのようで、ここで息継ぎする子が多く、日本の歌の王道を行っていません。急いで作られたせいでしょうか。この二句目の句切りを無視するようなやり方は、NHKアナウンサーの和歌の朗読などにも大変悪影響を及ぼしていると思います。

さて昔の歌の作りはこんな感じです。

「/・窓を/明けれ/ばー、/・みなと/が見え/るー」(別れのブルース 1935)

「/ばー」「/るー」と伸ばします。作曲者が冒険したくても作詞が「七七七五」の定型ですから、こうなります。
新しい歌ではよりリズムを重視していろいろ試みられます。

「/窓辺 /に置いた/椅子にも/たれ、/あなた/は夕陽/見てた」(荒井由実 翳りゆく部屋 1976)

「も/たれ」「/見てた」のところは日本語としても自然な感じですよね。

というようなことを考えるのは、なにか作曲してみたいからなのです。

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