時をトランスする

大林宜彦監督の「時をかける少女」を衛星放送で見たので書いてみます。
監督の少女をテーマにした作品は、見終わってみると、あのとき少女は幻を見たのかもしれないなと思えてきて、「あのとき」とはつまり、少女から大人になる瞬間のことなんですね。作品によっては「もう一人の」少女が現れたり、「もう一人」のボーイフレンドが現れたり、この作品は後者のほうなのですが、それは初めての恋へのおののきが、もう一人の少年像を作り上げてしまって、そして最後にはそれが消えることによって大人へと成長できるはずのものなのです。作品では、幼いころに死んだ少年の霊に取り付かれた話のようにも解釈できて、かえってそれが物語の現実味を裏付けているんだと思います。
(書きかけですが、とりあえずアップ 2008-6-13)

★追加★このあと書きたかったことは・・・
人は死の直前に、これまでの人生の全てのことが、走馬灯のように脳裏をかけめぐるものだといいますが、「少女から大人への瞬間」のときも、たくさんの過去やら、「未来」のことまでも含めて、時が凝縮されるようにかけめぐって、そしてふっと消えてゆくような、そんなふうに作品では描かれます。この2つは、とてもよく似ています。
私については、人と会っているときや言葉や文章を発しているときはそのジェンダーには違いないのですが、一人で少し冷静に自身をふりかえったとき、前の2つに似たような何かしらの感覚を、しばしば覚えるのです。(2015-9-30)

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