ひざ上4センチ

写真のスカートは、ひざ上数センチ? でも背の高くない人が着たら、ひざ丈なんでしょう。ちょっと計算してみましょう。

例によってこのページから。平均的な女性のウエストの高さが99.3センチ、ひざ下は42.9センチなので、引算するとウエストからひざまでが56.4センチで、これがスカート丈だとします。平均身長158.6の36%、1/3ちょっとです。

ということは身長がそれより11センチ高いと、スカート丈もその1/3ちょっとの4センチくらいは長くしないと、ひざ丈にならないことになります。
写真を見るとたしかに、ひざ上4センチくらいになってますね。

ハルジョオンかヒメジョオン

ヒメ化についてのビジョンを語ろうかと思いましたが、野草についてです。

先日も道端で見てきたのですが、写真は古いものからで、小さい白い花がいくつも写っているのが、ハルジョオンかヒメジョオンか、それともそれによく似た花です。野菊の一種ということですね。道端や原っぱにはよくある花で、ここにも写ってます。

子どものころ神隠しにあった午後の夕暮れどきにも見たかもしれませんね。
神隠しといっても、ただ木登りしてただけのときもあったのですが、ずっと木に登っていると、下の世界がとても奇妙に見えたり、おかしかったり、自分はたまたま別の星からこの木の上に舞い降りてきただけの子どもなのかもしれないと思ったり。(画像はクリックで拡大します)

1998年ごろのデジカメ


最初に買ったデジタルカメラは1997年ごろ、エプソンのCP-200というデジカメで、クラシック風なデザインで、おもちゃっぽい感じの点も良かったです。98、99年と3年くらい使ってました。
なんといっても、色彩がとても奇麗でした。色は被写体よりも派手な感じで、その派手さがかえって良かったのです。ストロボなしで顔も明るく撮れてます。
解像度は640×480(約30万画素)で低いです。jpegの圧縮率が悪いせいかノイズも目立つので、銀鉛写真と平行して使っていました。

ノイズというのは、8〜16ピクセルの小さい正方形のブロックごとに、他のブロックとずれているような画像になることなのですが、Dibasというソフトの「ぼかし」機能の「モアレ除去」にチェックを入れると緩和されるのですが、それでは全体がぼけてしまいます。それで苦肉の策としは、画像を2倍に拡大(なめらかにしない方式で)してからモアレ除去して、元のサイズに縮小するという方法でした。処理後に縮小するのでぼかしも半分になるというわけです。(上の画像参照、1998年撮影)

98年に出た後継機種のCP-500は、1024×768(80万画素)になりましたが、色が全くダメで、とても失望感の高いものとなりました。

アルバム更新

表紙の写真が変わりましたね。この写真と少しアングル違い。

ホームページの「Album 3 ファンタジー」に2006年のアルバム5ページを更新!。
2年もたってからですけどね。何かと手間どりましたが、1年分で5ページに絞ってセレクトしてみました。
画像掲示板全盛のころと違って、未公表写真がどんどん増えてますので、そういうのもアップできる機会があると良いですね。
最近の写真はストロボはカメラまかせなので顔が陰になって暗いのが多いのが気になるところですが、カメラ技術のことはわかりません。
アルバムの名前の、ノスタルジー、アンソロジー、ファンタジーは、日本語では語呂が良いのですが、「ジー」のところの英語のスペルは同じじゃないらしいですね

表紙の写真

表紙で使った写真ですが、最近は何か月も同じものを使っています。そろそろ変更の時期かも。

この画像は背景を修正しました。左後方の木は、もっと左に離れてあったのですが、人物を中心にトリミングしたときなくなってしまって構図のバランスが悪いので、木だけ枠内に貼り付けたのです。ちょっと見ただけでは気づかないと思います。

そんな感じの背景などの修正をときどきやります。
たとえば、「思い出のアルバム」のほおずき市の左上の写真。右側に写ってしまった白いブラウスの後ろ姿のおねえさんは、身長150センチ以下の小柄の人でした。くらべるとあまりにこちらが大きく見えるので、おねえさんには10パーセントほど大きくなっていただきました。画像全体は縮小してありますし細部は気づかれないと思います。

風景の中にありえない建物を貼り付けたり、看板の文字を書き替えてしまったり、いろいろ考えるとおもしろいかも。

雑草讃歌

緑がきれいな季節です。
散歩の途中、こんな草ぼうぼうのところで良い写真が撮れるのかしらと、ちょっと不安だったのですが、きれいな緑色に撮れました。

季節が違ってもこんなふうに撮れるのかどうかわかりませんが、雑草の魅力もまた捨てがたいものがあります。

雑草たちの名前をひとつひとつ調べてカタログを作れたら嬉しくなるでしょうね。

1997年の予言?

1997年のはじめ、北風の寒い日に、どういう風のふきまわしか(?)、亀戸というところにあったエリザベスに行ってみたのです。
帰りに『QUEEN』100号記念号を買いました。編集後記だったでしょうか乱桐子さんの訃報について書かれてありました。懐かしい名前だったので追悼文を作文にしてすぐに投稿したのでした。

その追悼文の結びには、「今年は桐子さんの好きだったファッションが流行るかもしれませんね」というふうに書きました。
おおげさにいえばこれは一種の「予言」なのかも? ^^;

96年くらいから少し兆しはあったのですが、97年は普通の女性たちも、シースルーのカーディガンやブラウスを、普通に着るようになりました。(写真は98年のものです)。
桐子さんは、90年以前から、ちょっとフォーマルな感じの大人っぽい腕が透けて見える黒いレースの袖のブラウスなどをよく着ていらっしゃいました。

ということは予言的中(?)……かどうかはともかく、鳩子も1990年ごろ古着屋さんで買った青いレースの袖のワンピースを持ってるのですが、9号サイズなので今は着れません。そのころ家で着たときの写真はスキャナしてしまってあります。

カチューシャと帽子

カチューシャと帽子を手作りしてみようと思ったことがあります。
理由はつまり頭が大きいというか、からだ全体が大きいわけですけど、ま、そういうことですよね。

カチューシャは、出来合いのものの寸法を計って、それを5パーセント大きくして(10パーセントでもいいですけど)作ります。プラスチックなどの合成樹脂は反発力はありますが加工のときに曲げにくいですから、アルミ板などが良いでしょうね、上から布を貼り付ければ良いわけです。でも、まだ作ってはいないのです。

帽子は8枚はぎで作ってあるものを2つ買ってきて、9枚はぎに作り直すというアイデアです。7枚ぶんがムダになりますが、12.5パーセント大きくなる計算です。かなり大きいですから小顔に見えることでしょう。これもまだ作ってないのですけど。

人生の墓場とは

学生のころ、ある男子学生が突然髪を短く切って就職活動を始めたとき、仲間たちは彼のことを冷やかしたものでした。「彼ももう終わりだね」と。そんな噂をするようになりました。
彼のその後はレールの上をまっしぐら?、普通の会社に就職して普通に結婚して、そして会社のためにわき目もふらずに定年まで働いて……、彼ももう先が見えたね、と。
いつも音楽や芸術のことを、夜が白むまで語り合っていた仲間たちでした。

「結婚は人生の墓場である」という有名な格言がありますが、このばあいは、就職が墓場だといわんばかりの。1970年代。若者たちが純粋な、そういう時代もありました。

結婚は人生の墓場である……。このごろは、あまり言われなくなりましたね。やはり若者たちが恋愛至上主義の時代だからでしょうか。今の不況下ですから、ブライダル産業についても、国民こぞって応援するようになっているのかもしれませんけど?

『夢想兵衛胡蝶物語』と……

江戸時代の滝沢馬琴の『夢想兵衛胡蝶物語』や『異国奇譚和荘兵衛』などに、妻の出産に際して、夫もたいへんな苦痛をおぼえる擬娩(擬産)の話があるそうです。
「擬娩」については2007/1/9の記事を参照してください。

擬娩について日本では近代の学者は事実を確認していないようですが、妻が妊娠したときに夫もツワリと同じような症状をおこしたことは、日本各地にあったようで、「男のツワリ」と呼ばれています。地方によってはさまざまな方言があったようです。

東北地方ではツワリをクセといい、男のツワリのことを「クセヤミ」と言ったそうで、「病んで助けられるのはクセヤミばかり」という諺もあるとか(病気が人助けになるのはこの病気だけ、という意味でしょう)。
青森県三戸地方では「スケヤミ」、秋田県では「モチグセ」、宮城県牡鹿郡や福井県坂井郡では「アイクセ」、新潟県佐渡地方では「ハラミヤミ」、奈良県高市郡では「アイボツワリ」、大阪府泉北郡では「アイゾウのツワリ」などなど、いろんな言葉で呼ばれたようです。

また、ある医学者の随筆に、26歳の男子学生が、毎月決まったころに腹痛がおこり、尿道から出血したことが書かれているそうで、その時期には前立腺が肥大していたらしいです。稀に男性にも女性の生理に似た症状がおこるのかもしれません。上杉謙信などもこの症状だったのかも? 

青さを失わないで

セピア色の写真というのは、懐かしさもあって良いものですが、モノクロ写真の場合ということになります。
カラーでは特にポラロイドなどの昔のインスタント写真は、セピアがまだらになってしまって、あまりぱっとしなくて、黄ばんでるという表現に近いかもしれません。

この写真は忘れな草紙でも使った古いインスタント写真ですが、そのとき黄ばみを消すために、明るさの赤をマイナスして青をプラスにしたため、忘れな草紙では全体に淡い青みがかかりました。

今回は、同じ画像で、青のコントラストだけを強調しただけなのですが、こちらのほうがクリアになりました。失われやすい色は「微妙な青さ」ということなのでしょうか、よくわかりませんが、色というのは不思議なものですね。

人も年齢とともに失われやすいのは「青さ」なのですが、「青さ」というのはいつまでも失なってはいけないものなのかもしれません。青くてもいいんじゃないでしょうか。1980年代の松田聖子の歌にもあります。

 ♪今の青さを忘れないでね蒼いフォトグラフ

ミラーサイト

連休中に、ミラーサイトの準備をしていました。ホームページの内容のクローンみたいなもので、infoseekがダメになっても見れるようにです。あちらでは日記は別のブログと再合体になるかどうか……?。試験的にあちこちのブログもレンタルしまくってみたり?(IDは想像つくでしょうから探してみるのはいかがでしょう)

7日にカウンタが70万になったみたいです。
100万になったらカウンタの表示はやめようと思っています。あとどのくらいかかるでしょうね。2年か、それ以上?。ミラーサイトができると、こちらのカウンタが増えないかもしれないので、そんなに、急ぐこともないでしょう。

匂いガラス

子どものころ、匂いガラスというのを持っていた子がいました。

匂いガラスというのは、もっと古い世代の人には思い入れの深いもののようで、唐十郎という人がお芝居にも書いてますし、20年以上前ですがテレビドラマにもなったことがあります。あのドラマは見た記憶があります。
バレリーナをめざす少女の持ってる匂いガラス。ある大人の女性が持ってた匂いガラスもあって、少年は2つの匂いガラスを見たことになるのですが、少女のセリフに
「アタシのとどっちがいい匂いがした?」
というのがあって、これは男女の深い関係を匂わせる言葉ではあります。
"LOVE"という文字のVのところにガラスでスジを引くと、VがNになってLONEに。つまり、愛が孤独に変わるとき……。

で、子どものころに見た匂いガラスには、それほど魅力は感じなかったのです。ガラスではなく、アクリル系の樹脂のようで、机などにこすりつけると削れたところから匂いが出るわけですが、机を傷つけるようなことはいけないとされる時代になってましたし、ガラスではないプラスチックみたいな点も、ひっかかりを感じたのでしょうね。

でもドラマはかなり良い出来のものだったと思います。グーグルで「匂いガラス」で検索して1番のページでドラマの映像の一部が見れるようですが、中島みゆきの歌も聞こえます。右サイド下の「検索」で"www"にチェックを入れて検索してみてください。
石橋蓮司の役もよかったですね。

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