タイピストの夢

オードリー・ヘプバーンの古い映画で、タイピストの女性が流行作家の秘書になって、タイプライターをカチャカチャ……。
そしてストーリーはラブ・コメディーといった展開なのですが、美人タイピストのあのかっこよさというか、そしてあの黒いどっしりとしたタイプライターの重み。でも当時は小型だったわけで、アルファベット26文字しかない国の文化だから、ああいう機械も発明されるんでしょうね。日本では考えられない機械でした。

1980年代のはじめに、日本語の小型のワープロ専用機が発売になったとき、これはたとえ食費をけずってでも買わなきゃいけないと思いました。
そして買いました。これで私も美人秘書になれるかも? 
美人かどうかはわかりませんが、夢だけはふくらんでいったのです。

そして性能の低いワープロ機械に飽きて、パソコンへ。
パソコンにも小型化の波が押し寄せてきました。
> PC9801N
東芝のダイナブックに遅れること2〜3か月、日本電気の待望久しい98ノートでした。写真に写ってるのがそうですが、1989年ですね。
今ではノートPCもその半分以下の重さになって、高性能で、インターネットにもつなげられるわけです。コミュニケーショングッズの代表格にもなってるわけですが、さて、

タイピストの夢は、スマートに文字を連ねていって見えないものが形になっていくことにあったわけなんです。得体の知れない巨大なシステムの端末になることではなかったはずなんですね。
ものを表現したり作ったりすることが軽く見られ、「コミュニケーション」の取引のなかに何でも放り投げてしまう状況というのは、ちょっと待ってよという感じです。

Trackbacks

コメント

< のんびりが好き | top | 匂いガラス >