春の希望

今年の梅もまだ寒そうです。
人の幸福について考えてみたのですが、簡単にいえば、人に親切にしてあげられる人とか、人のために何かできる人が、幸福だといえるのでしょうね。
でもそれが、ありがた迷惑、大きなお世話と言われるようでは、幸福とはいえないのかもしれません。
それから、派閥だとか、利害関係にあるグループ内の人にだけ感謝されてる人というのも、どうでしょう。けれど、親しい人との関係が、けっきょくは単なる利害関係でしかないのではないかとか思い悩んだり、そういうことはあまり神経質に考え過ぎないほうが良いのでしょうね。

数十億人といわれる人たちのほとんどは貧しい生活の中で、幸福の意味すら問うこともなく短い人生を終えてゆきます。でも彼らが毎年畑にまく種の一粒でも芽を出したとき、春の希望と小さな幸福感に包まれることは、きっとあるでしょう。

幸福の意味を問うことができること自体が、一つの幸福なのだと思います。そう考えてくると、失うことが不幸だと思っていたころのことも、どこか間違いだったのかもしれません。失うことで得たものも確かに在ったでしょうし、それは心のどこかに眠っていることでしょう。優しい詩と言葉でそれを目覚めさせてあげられたらいいですね。

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コメント

マリリン☆ : 2008年3月11日 12:45

鳩子さんの日記はやっぱりいい♪

人のために何かできる人が幸福

・・・その通りだと思う


人が喜ぶ事をしてあげれたら

私は幸せなんだ

利害関係じゃなく何も求めず

好きな人が喜んでくれたらそれでいいの


たまに アホらしくなる時があるけど

鳩子さんの日記読んだら頑張れる気がする


優しい詩と言葉。。。

明日は書いてみようかな♪

さと : 2008年3月11日 21:21

マリリンさんのいうように

鳩子さんの日記は、やっぱりとてもいいです・・・

今こころが辛いのでふらふらとやってきたら
優しい日記がありました。

鳩子さん、ありがとう。。。。

鳩子 : 2008年3月11日 23:46

マリリンさん、
さとさん、
ありがとうございます。
春になって、良いことがありますように、と祈るような気持ちで書いてみたのですが、
良いことがあるといいんですけどね。
お二人には、それぞれの意味で元気づけられています。

私も何かできればいいのですが……。
からだの障害などで思うことができないことがたくさんあるという人もいらっしゃるかもしれません。でもそういう人から、見えないメッセージをいっぱい感じとることができた人は幸福に近づけるかもしれませんし、不自由な人については、そのままで人を勇気づけてくれるということも、忘れてはいけないような気もします。
春ですよね

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