赤塚不二夫

今年なくなった有名人でいちばん記憶に残っているのは、漫画家の赤塚不二夫という人。
面白い漫画がたくさんありました。ペーソスとか人情とかいうものからくる笑いとは違って、もっと新しい笑いでした。当たり前と思っていた常識を引っくり返してくれるような笑いというのでしょうか。
面白いという言葉の語源は、正面の視界をふさいでいたものが取り払われて、視界が白っぽく明るく広がってゆくことの意味らしいのですが、そんな感じです。新しい視界にどんなものが見えてくるかは、見る側の感受性によるのでしょうけど。
没後の追悼番組などで知った赤塚氏の私生活は、とてもシャイな人なのですが、それ以外はあの漫画の世界そのままのようでもありました。もしかすると自分を語るのに多少の漫画的脚色もあるのかもしれませんね、落語家が落語的に自分の半生を語るように、そういう意味では懐かしい古い芸人さんみたいでもあります。

風邪の一日

風邪をひいて学校を休んだ日は、子ども心にも、一日だけ普段と違う世界にまぎれこんでしまったような感覚がありました。
家族がとても親切にしてくれます。家の猫は私が学校へ行っているときも、今日みたいにやっぱり隣の部屋で昼寝をしてるのかしらと思ったり。
部屋にある本やおもちゃは、いつもそばにいてあげられないけれど、今日はずっとそばに置いて、手でさわったりすることもできます。昨日までよりも親しくなれた感じで、気づかなかったことに気づくこともあります。
そうやって違う世界が見えてきたほうが、気持ちが安らぐものなんですね。
そのうちまた風邪を引いてみるのも、悪くないかもしれませんね。

人生の落ち穂拾い

インフォシークの広告は大きくなりましたが、ホームページは先細り、どなたさまも似たようなことになってはいませんか?
さて、

人生の落ち穂拾いの季節がやってきているような……。

というより、人類の歴史はもうとっくの昔に、落ち穂拾いの時代になっていたのかもしれませんね。

でも今までは収穫した穂よりも、落としてしまった穂のほうが多かったような気もします。

これまで見たり聞いたり、読んだりしたもののうち、ちゃんと消化できたものが、どれほどあったといえるでしょう。
それは、たぶん、落とし物だらけの人生。

いちばん大きな落とし物は、私自身?。
でも、ほんとうは、私自身が誰かの落とし物だったのかもしれないし。

1970年代の卵



今はもうあまり見かけなくなったかもしれませんが、1970年代ごろは、大手のチェーン店のスーパーマーケットではなくて、八百屋さんの店を拡張して店内を少しだけモダンにしたような感じの個人経営の小さなスーパーマーケットというのがありました。
そんな店で売っていたものの中に、卵の4個入りとか6個入りのパックがありました。それは一人暮らしなのでそんなにたくさんは必要ないという人には、とてもうれしいものでした。大手スーパーにはできない、かゆいところに手が届く小さな店ならではのサービスでした。あのパックは、普通の10個入りパックを店の人がハサミで手作業でチョキンと切って、2つに分けて店に並べてたんだと思います。

1960年代では、町の八百屋さんや魚屋さん、乾物屋さんや、そのほか小さい店がたくさんあったので、庶民はそういう店で買い物をしてたと思います。味噌醤油は量り売りで、小さな物でもバラ売りで、ときどきおまけしてくれたり、昭和ロマンなんでしょうね。1970年代の小規模スーパーは、そういうものとは違う過渡期の形態なのでしょうけど、ある世代にはとても懐かしいものです。

1960年代のおじさんたちの中には、卵を1個だけ買って、どこかにコツンと当てて殻に小さい穴をあけて、その穴からきゅーっと中身を口に吸い込んで、飲んでしまうおじさんがいました。今の栄養ドリンクのような感覚なんでしょうね、たぶん。

| top |