青い鳥

メーテルリンクの『青い鳥』も思い出深い本です。
物語の結末については、みんなよく知っていると思います。しあわせの青い鳥は、ふだん家で飼っている鳥のことで、いちばん身近な存在に気づいていなかっただけというお話。

チルチルとミチルが青い鳥を探す旅の途中に、いろんな登場人物が出てきます。「母」ではなく「母の愛」とか。「母の愛」とは存在としては抽象的なものなのですが、それが人格をもって登場人物としてふるまいます。こういうところにとても魅力が感じられる作品です。あるときチルチルとミチルに話しかける声がして、誰かと聞けば、自分は「母の愛」だと答えたりします。戯曲の形式なので、こういうのでも不自然ではないわけです。
日本人はこういう抽象的な思考が苦手なせいか、日本の物語にはあまりないパターンですね。(生前の霊、死後の霊ならありますが)

母の愛とは母の全てではないのかもしれないのですが、だとすると登場人物のすべてが表面に表れない別の面をもっていると考えることもできます。チルチルやミチルでさえそうかもしれないし、平凡な私たちでさえ、表面に出せないものはたくさんあると思います。
トランスジェンダーさんでは、異なる性別の心を複数もっていたりして、それで自問自答したりするのはよくあることです。
「母の愛」という形で現れたのは、子どもに対してだからなのでしょう。人は相手によって違う面が出ることはよくありますし、相手の求めることにこたえたり、相手の不足を補おうとして自分の意外な面に気づくこともあります。「自己」とはそういうものです。
少し前に書いたスタートラインの話ではありませんが、まずスタートしてみないことには自分のこともわからないわけでしょう。「私」とは歩きはじめてからの私の歩きぶりそのもののことだからです。
だからチルチルとミチルの旅は、隣の芝生がよく見えたからふらふら出かけたわけではなくて、さまざまな世界、死者の国までも見て歩くわけですよね。子どものころから「あの世」に思いをはせることは大事なことなんだと思います。

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コメント

さと : 2007年8月24日 21:32

青い鳥
私もメーテルリンクの青い鳥は、子供の頃から好きでした。
子供の頃読んだ本は簡単な小説形式でしたが原本は 台本なのですね。何故か私には忘れがたい本でしたので、文庫本を買いました。

この本のストーリーの日常へ戻る過程がとても幻想的で、とても好きです。
日常にある青い鳥に中々私たちは気付かないものですよね。

鳩子 : 2007年8月25日 23:59

青い鳥
私も20代のころ、懐かしくなって、文庫本で買って読んで、
オリジナルは台本というか戯曲なんだと思ってびっくりしました。
それだけで感動に値しましたね。
その文庫本は探さないと今は見つからないのですが、
20代のときの新鮮な感動を思い出して書いてみたのです。
日常へ戻る過程……というのは思い出せませんが
身近な気づかないところに幸せのカギがあるというのは、永遠のテーマといえるでしょうね。

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