ジェンダーと境界

性(sex)という言葉の英語の語源は、「分けられたもの」という意味だと聞いたことがあります。ギリシャ神話のアンドロギュノスの伝説で、もともと男女は一つのからだだったのが、男女別々に分けられてしまったので、男女はたがいに引かれあい恋愛をするのだというお話と付合するわけです。
大和言葉ではsexに当たる言葉がなかなか見つかりませんが、ある人の意見では、性愛を意味する古語にクミドという言葉があり、これは「クナドの神」など、境界を意味する古語のクナドに通じるものだそうです。クミドがもとは境界の意味だとしたら、英語の発想と共通のものがあるわけです。
「男と女の間には深くて暗い川がある」という流行歌(黒の舟唄)の文句もありましたが、一方ではこの境界は、それほど厳密なものではないようなのです。
「クナドの神」とは道祖神のことで、村はづれの境界に立っているものなのですが、村の境界でしたら越えることは難しいことではありません。事実、旅の芸人などのさまざまな人たちがこの境界を越えて来ました。

さて、個人の中に複数の性が混在することもあるのでしょう。
中性的というのは、中性という性別があるわけではなく、優しい性格の男性を中性的と言ったりするような程度の問題ですし、男と女のまん中といっても、男性と女性とが対極的な存在であるかどうかも疑問です。
ふだん他人と接するのに、相手が男か女かを四六時中意識することもありません。見た目や言葉やものごとの発想の印象が女性的だったら、女性と感じれば良いわけなのでしょう。
とはいっても、自分が感じたことと実際が違っていても、それはあまり言うべきことではないのかも。(程度にもよりますけど)

……何か違うテーマで書こうと、その導入部のつもりで書き始めて、数日置いておいたのですが、数日たった今、最初のテーマがわからなくなってしまいました^^;; そのままアップロードしてみます。

Trackbacks

コメント

雨庭みどり : 2007年7月23日 22:36

深く暗い川は、いずくにかあるらむ
男女の境って、ジェンダーに揺らぎがない人にとっては、確固たるものに
見えているでしょうけれども、一度、揺らぎを実感して揺らぎの中で生きる
ようになると、存外、曖昧な境界のように思えてくるから不思議です。

黒の舟歌の深くて暗い川は、男女の間というよりも、どちら側に立つかで
生じる川のような気がします。性別男性であっても、女性役割であれば、
それは男性との間に、深くて暗い川が生じるもののように思えるのです。

肉体の性別、性差は強固としてあるにせよ、実際の性行為を前にすると
性対象・性指向における揺らぎが生じるようになった後では、それ自体、
(男性器の有無など)あまり重要ではない?とか思えてきたりもします。

私は、基本的に性対象女性で生きて来ましたけれども、最初に雑誌で
ノンホル、胸もないニューハーフさんをすてきだな…と思った後からは、
何だか、その人が男性でも女性でも、どちらでも関係ないような気持に
なってきました。まさか、自分が男性のそういう視線を受けるそちら側に
行くとは、その当時は、想像もできませんでしたけれども(笑;;

鳩子 : 2007年7月24日 02:14

片岸では
私の書いたものはほんとうにまとまらないものでした ^^;
個人個人についてはほんとうにさまざまで、
鳩子のように、小学生のころから「パートタイム・トランスジェンダー」というスタイルがまったく変わっていないような人もいるんでしょうね。
でも「パートタイム」というのはジェンダーアイデンティティの本質にかかわることではありませんし、明日どうなるかわからないわけです。本質にかかわる部分だって明後日どうなるかわからないかもしれないし(?)。

男と女の間の川といえば、最近の男性は、自分の岸だけコンクリートの護岸工事をしちゃってる人が多いみたいですね。川とはそういうものだと思ってるのかも。タンポポも咲かないような岸辺ではちょっとさみしいですね ^^ゞ
レスまでまとまりませんけど_._;

まりっぺ : 2007年7月24日 10:34

ジェンダーと境界
男女の境界が曖昧だということは、100%中性もないわけですよね。中性と言いつつやや女性よりだったり、やや男性よりだったりします。たまに女性の方でFTMじゃないけど「中性」だと言っている人もいますけど、私からみたらやや男の子っぽい女性であることが多いです。
逆に男性で自分は「中性」と自認している人はほとんど見たことがありません。
MTFは徹底して女性になろうとするけど、FTMは中性でいいじゃんと思っている人が多い気がします。これは男性が「性」やジェンダーにこだわる傾向があり、相手にもそれを求める、そして女性は「性」やジェンダーにこだわらない、そして相手にもそれを求めない感じがしてなりません。いったいどうしてなのでしょうかね。

鳩子 : 2007年7月24日 19:31

ジェンダーと境界
「さまざまな性」を認める立場からすると、「中性」というのも認めなければならないのですが、実際にそういう人は見たことないかもしれません。
たしかにMTFさんは動機を成立させたところに男性的なものがからんでるみたいで、欲しいものは外から手に入れる、何がなんでも手に入れるという発想が見えてしまったりします。
視覚的なものに反応しやすいというのもあるかもしれません。活字文化より映像文化の時代ですからなおさらでしょうね。
……以上の点は私にも思い当たるふしがありますが、
相手にも求めるというのは何なんでしょうね。
「今のままの君でいてくれ」なんて言われても明日どうなるかわからないわけですし、
ましてこちらに対するイメージがどうしようもなくずれてて、いったい誰に話しかけているのかしらという男性がいますけど困ったものですね。
(……思い出しました、そういう事実があったので、もやもやした気持ちからこの記事のブログを書き始めたのでした^^;)
それに対して母性の言葉というのは、「どんなlことがあってもあなたの味方よ」と言ってくれるらしいですよね。

: 2007年7月30日 14:29

ジェンダーと境界
鳩子さん、こんにちは。お久しぶりです♪

サイトのリニューアル、おめでとうございます☆
…じつは当日からおジャマしてました(笑)。昔の鳩子さんも変わらず素敵ですね♪

以前の写真を拝見していていつも感じるのは、時の流れが忙しい世の中となんだか違う…ように思えることなんです。鳩子さんは何年も変わらず同じことを考えられる方なのですね。

…わたしはまだ26になったばかりですが、これからもずっと根っこの所が変わらずに、時間の流れと共に過ごして生きたいです(…って、ワタシもなんだか変な事書いてしまいました・笑。うまく伝わらないかも…ゴメンなさい。)

ところで、今回のお話、ワタシにとっても切実な話題でした。まだホルを始めて間が無く、やっと少しづつ胸とか体形が変わってきたかな…という実感がありますが、内面の変化(影響?)の方が大きかったりします。

ワタシはホルを始める前は…やっぱり過剰に“おんな”を意識し過ぎてました。でも、今はもっと中性的な感覚が強いです。男性でも女性でもないような…。

いまは“そのまま男性”ではなくなった身ですが、前に憧れてた“完全な女性を目指しているMTF”の方達と自分は違うんだな…と感じる毎日です。

まりゅ : 2007年7月30日 14:30

ジェンダーと境界
ゴメンなさい…名前を書き忘れてました(苦笑)

上記のコメント、“まりゅ”よりです。すいません…。

鳩子 : 2007年7月30日 20:35

ジェンダーと境界
私にも26歳のころがありましたけど、変わってないところもあるかもしれないですし、変わったところもあるんでしょうね。
「完全な女性」というのはよくわかりませんが、視聴覚的な技術的なことばかりでは人間は疲れてくると思いますし、法律や政治への不信のこともあります。
もっと普段のいろんなことに感動できる生活を大切にできたらいいと思います。

どんなことでもそうですが、望みどおりのものを手にすることができるものもあれば、できないものもあります。一人の力ですべての人を助けてあげることはできませんし、そんなおおげさなことでなくても、できないことはたくさんあります。そういうときにどうするかですよね。「完全な女性」ならどうするのかと言い換えてもいいですけど

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