ジェンダー・スリップ

HPの鳩子の詩集を見ていると、タイムスリップのようなものがモチーフになっていることが多いことに気づきます。
別々に流れていた二つの時間がどこかで交差するようなもの、一つは明らかに虚構の世界のものかもしれないけれど、そうともいえないような。
そして同じに流れていたと思っていた二つの時間のうち、一つの流れがだんだん遅くなって行ったり、止まってしまったり。

人は生れるとき両性具有で、死ぬときも両性具有なら、途中の年月をスリップすることも可能でしょう。
もともと人は両性の存在であったとしたら、多くの人は片方の性をスリップして生きてしまっていることになります。でもそのようにジェンダーをスリップしてしまうちからが、もともと人に備わっているとしたら、もう一度スリップしなおすことも、できてしまうのでしょうね。

今年は雨が多そうなので、すべらないように注意しましょう。

Trackbacks

コメント

詩織 : 2007年8月28日 02:21

ジェンダー・スリップ
鳩子さんへ♪

いつも楽しく拝見しています。私、思うのですが、もともと両性で自分で選べる
チャンスが1回だけ選べるとしたら、この世の中はどの様になっていたのかな
と思うときがあります。(^_^;)

私ですか? 当然、女性ですね! (*^_^*)

失礼しました。

鳩子 : 2007年9月6日 02:03

ジェンダー・スリップ
タイムスリップではありませんが、人が
「あのころに もどりたい」 という気持ちになるときがあるのは、ごく普通のことだと思うのです。懐かしい過去があるほうが人は幸せなのかもしれませんし。

なにかのGID関係の人の発言だったと思いますが、「本来の性に戻るだけのことです」という言葉を何回か見聞きしましたが、その言葉自体は、論理的な表現ではなく修辞的な表現であるわけです。そのへんの過去と未来の時間感覚を、きちんと整理することができるろいいんでしょうね。言葉はレトリックなのに、現実は「戻って」しまうわけですから、そのへんが混乱しなければ良いと思ったり。……私のこのコメントはとてもわかりにくい文章だと思います

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