お知らせ

トランスジェンダーな日々「トランスジェンダーな日々」は、鳩子が気ままにつづった"写真日記"です。
2003年4月から2007年6月まで、セレクトした約500件の記事があり、ほとんどの記事に画像が挿入されています。他のブログからこちらに移動した部分もあります。

新版トランスジェンダーな日々は、こちらです。引き続きご覧いただければ幸いです。 (*^o^*)

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人気のページその2

1〜6月までのアクセスの多かったページ40です。
手塚治虫のアンドロギュノスたち1  4187(2、3は略、「どろろ」の映画化のため極端に多かった)
ギリシャ神話とアンドロギュノス  2583
日本史エピソード  2035
カテゴリ・トランスジェンダーと……  1896(以下カテゴリは略))
日本の両性具有神  1211
男女のからだのサイズ  502
ヤマトタケルと新羅花郎  336
中学生のころの身長  327
ニューハーフネットに登録  257
T'S LOVE でようこそ  199

クラインフェルター症候群  191
ウエストの測り方  178
二つのダイエット  176
さまざまなトランス  174
一人でお部屋に  173
肩幅のこと。+性同一性障害と生き方の問題  141
婦人服サイズ表  139
サイト内検索  137
鳩子のサイトの現状と今後、SNSについて  132
「宦官」について  128

タックとダーツ  121
人気のページ  114
70年代女性アイドル歌手  111
緑魔子  105
子供服コーナーで  103
翳りゆく胸?  94
『性の用語集』  87
すみれの花咲くころ  87
セックスライフ  85
加工前、加工後  82

『華麗なる終焉』(佐藤まさあき)  75
抱きしめたら折れそう?  75
挿し絵画家といえば  74
トランスジェンダー詩集について  73
曲がり角  73
トランス女流文学  70
模型と人形  70
『土佐日記』  70
地味めの次は?  67
裏返しの男性  66

つるつる自慢

健康診断で採血のときや血圧を測ってもらうとき、私よりずっと若い女性の看護師さんの腕と、自分の腕を見比べてしまいます。私のほうがずっと綺麗なんです。

看護師さんは半袖で腕を出して仕事をしているので、腕が何かにぶつかったり、こすれたり、傷つきやすい環境にいるのでしょう。私の腕は「男装用品」で守られていることも多いのでそうなるのでしょう。腕の内側は特に日焼けもぜんぜんないですし、ほんとに白くてつるつる(?)の肌なので、顔もからだじゅうも、こんな肌だったらいいのにと思います。太ももの内側もつるつるかもしれませんね。純男性でも小太りぎみの人で、つるつる自慢の人はいるかもしれませんね。

ある純女さんと男装で握手をしたとき、手がつるつるなんですねと言われてあせって(?)しまいました。なるしずむでスミマセン。写真はカーネーションの花です。

決断しない力

6/16の「文系なものですから」で書いたことは、限られたデータだけで判断できる人と、データが変わる可能性を想定して判断できない人がいるのではないかということでした。後者が文系ということでした。

けれどある種の行動となるとどうでしょうね。データが明らかに不足だとわかっているので、判断できないというか、行動にも移せないというか、恋愛問題などで考えすぎで、奥手になるのは、理系タイプなのかもしれませんね? 
文系的発想では、気持ちが変わらないうちに行動に移さないといけないですし、あとから新発見がついてくるものなのかもしれません。

でもあたしはギャンブルはまったくダメなのです。子どものころメンコやベーゴマくらいやっていれば、人生のある時期に思い切ったことができるのかもしれません(フルタイムのトランスライフとか)。
色あせないうちに記憶にとどめておこうという行動はできるのですが、2つのうち1つを選ぶのはあまりできないです。
でも1つに決めないことで、はじめて見えてくるものもあるのではないかと思うのです。つまり「決断しない力」ですね ^^;

話変わってまた選挙があるそうですが、そういうときによく耳にする「実行力」とか「決断力」とはなんのことなんでしょうね。言葉に対する「鈍感力」のなせるわざではあるのでしょうけど。

MTF観音、FTM地蔵

あちこちのお寺にまつられる観音さまは、女性の仏さまだと思っている人が多いことでしょう。鎌倉の長谷観音の住職さんがコメントされたページを読むと、男女どちらでもありうるようなお話しでした。
あちこちのお寺にまつられる観音さまは、女性の仏さまだと思っている人が多いことでしょう。鎌倉の長谷観音の住職さんがコメントされたページを読むと、男女どちらでもありうるようなお話しでした。
観音さまは、古代のインドでは男性だったそうで、勢至菩薩が知をつかさどるのに対して、観音菩薩は慈愛をつかさどったことから、女性的だったのでしょうか、中国から日本へと伝わるうちに、ジェンダーがトランスして女性のようになってしまいました。男性から女性なのでMTF?。

道端に多いお地蔵さまは、石の像を見ても男性のお坊さんのようです。インドでも男性だったらしいのですが、生前は女性だったそうです。もとはインドの神さまではなくて、西アジアで信仰された地母神だったのが、仏教に取り入れられて、ジェンダーがトランスして男性になったらしいです。お地蔵さまが日本で人気があるのは、子どもにも見えるし女性的な感じもしなくはないようなところにあるのかも。

関係ないかもしれませんが、西アジアの地母神といえばギリシャ神話にも取り入れられたキュベレーという神さまがいました。キュベレーは両性具有だったけれど暴れ者だったために去勢されて女性になったという話があります。

観音さまについて、おおもとのインドの仏典に男性として描かれるのだから、男性だと、無理にそうしなくも良いわけなのでしょう。たくさんの国へ広がっていった宗教というのは、いちばん最初の時点でもう広がっていこうという志向があったみたいで、体系が整ったときには既にさまざまの国々の神々が寄せ集まっていたものだったのでしょう。中国や日本に広がっていくときも中国や日本の神さまの性格が加わっていったわけです。というふうに考えると、やはり男女どちらでもありうるということなのでしょうね。


文系なものですから

むかしポータブルのワープロ専用機というのがありました。それを初めて買ったとき、使える漢字がJIS第一水準漢字の3000文字ちょっとだけでした。第二水準漢字が使えるようになるには更に数万円もするオプションを買わなければなりませんでした。
第一水準、第二水準という漢字の区分があることを知ったわけです。

「丼(どんぶり)」という漢字は第一水準にはないので、食堂のメニューをプリントするときには、使えません。「井」とプリントして手書きで「ヽ」を書き加えたとか。その他いろんな不平が出たようですが、そんな漢字の選別をしたのはどんな人かというと、国語学者ではなく理工系の人たちなのだそうです。

もし国語審議会のようなところに漢字の選定を任せたら、議論ばかりで10年かかっても何もできなかったろうという人もあって、日進月歩のコンピュータの世界のことですから、そのとき集まった統計データを元にして、期日を決めて、バサッと割り切って区分けしたわけなのでしょう。文系の人にはこういうことがなかなかできないみたいです。

日記の日?

6月12日が「日記の日」だという情報もあるのですが、今日14日だという話もあります。
ドイツ人少女の『アンネの日記』の書き始められた日だそうです。

でも日記文学といえば日本文学でしょう。鳩子の好きなのは、平安時代に菅原孝標の次女が13歳のときに書き始めた『更級日記』。調べたら9月3日が書き始めの日です。

もっと古いのは、紀貫之の『土佐日記』で、女を装って書いたということですが、12月21日のことから始まっています。

鳩子の日記は2003年4月7日が始まりです ^^;

紫陽花

男の心は紫陽花なんだそうです。
七度変わる恋の色? 女の心もそうかもしれませんよね。秋になれば男心と秋の空なんて言うんでしょう。

ある夫の仕事場の庭に妻が紫陽花を植えたけれど、なかなか咲かなかったそうです。そのころ夫に愛人がいて、彼女はたびたびその仕事場に通っていた時期でした。愛人が通わなくなった次の年、その紫陽花は初めて咲いたのだそうです。恐い話ですね。吉行淳之介の小説だったかな?

卵から返る

1/9に擬娩について書いたとき
「擬娩とジェンダー」
ネットを検索して調べることはしなかったのですが、ちょっと調べてみたら、
「擬娩」はフランス語で「クーバード」と言い、そのもとの意味は「孵化」。鳥のメスが産んだ卵をオスが温めることにたとえて言われたようなのです。
「couvadeとはもともとフランス語における"couver(= hatch<子供を産むこと、卵が孵化することなど>)"を語源とし、それは古来より世界各地で行われていたクーバードという風習に由来している。」(http://x51.org/x/05/06/2234.php)というのがありました。(hatchは英語)

鳥のオスが卵を温めて雛をかえすことと、人の男性がお産のふりをする擬娩とは、たまたまかたちが似ていたので後からクーバードと呼ばれるようになったのではあるのしょう。
けれど、人の男性のそういう行為自体が、もともと鳥の行為の模倣から始まったものだったと考えることはできないでしょうか。コウノトリが赤ちゃんの命を運ぶように、父親による鳥の模倣行為がなければ、人間は命をさずかることもできなかったのかもしれないのです。

「クーバード症候群」とか「男性の神経症・精神病患者」などと書かれたページもありましたが、西洋医学の今の視点だけで即断するとそうなるのでしょうか。フレーザーやレヴィ=ストロースのような視点が必要です。

人が鳥を模倣するというのは、よくあることで、鳥装のことも書きました。
「鳥装とは」
ちょっと書き足らなかったですが、人の衣服の起源というか、少なくとも民族の色彩の好みは、鳥の模倣のように思えるのです。
バレンタインデーの起源についても、元はキリスト教以前の習俗で、鳥が交尾する日だったという説もあるそうです。
日本のイザナギとイザナミの物語でも、鶺鴒を真似る場面があります。

さて英語のhatch の語源を調べたいのですがまだわかりません。鳩子はhat…という言葉にこだわってしまいます^^;。潜水艦や自動車の屋根の出入口をハッチというのは、卵の殻が開いて中から出てくる感じのことなのでしょうね。
最近ニュースで話題になった「赤ちゃんポスト」は、英語で"Baby Hatch"と言うんだそうです。このほうが良い言葉ですね。卵から早く出すぎたので、いったん卵の中にかえす(戻す)意味になります。
ところで日本語では卵の中から出てくることを、卵から「かえる」と言うのです。この世に帰ってきたという意味なのでしょうか。だったら命は大切に使わないといけませんね。

英語のhatchは「くぐり戸」という意味が古いようですが語源といえるかどうか。


日本人と肉体

日本の中世の話で、若い修行僧が、自らの煩悩を断ちきるために、自分で陰茎を切断したという話を読んだことがあるのですが、精巣を残したままなので、僧はその後も煩悩に苦しんだのではないかということでした。
日本人はこの程度の知識しかなかった、というか、去勢の知識というのは、遊牧民族がたくさんの家畜を飼い馴らすために発達したものらしいのですね。日本人は遊牧民族ではなかったのですね。

日本でも輸送用に馬を飼うことは古くからあったと思うのですが、暴れ馬をなだめるためには、やっぱり祈祷するとかの方法しかなかったのでしょうか。
wikipediaの解説に「敵に奪われても繁殖に使えなくする」のも遊牧民の去勢の目的の一つのように書かれてありましたが、日本ではそういうのがなかったので、将棋の駒も敵に取られたら使われてしまうことになってます。

武士の時代になると、暴れ馬を上手に手なづけて初めて一人前の武士といえる、という考えだったようです。肉体改造を望まないトランスジェンダーには、武士や祈祷の考え方が参考になるかもしれません。「手なづける」というのはたぶん日本人ならではのマニアックな技巧のことだと思います。

日本人は「自然に人が手を加えることを潔しとしない」という説明がありますが、これは比較的後世の見方のような気がします。
実際はもっとアニミズム的で、人間ではない馬にも、人間と同等の魂、または人間以上の森の神霊が宿ると考えるわけですから、切り取られたからだの部分にも個別の魂が宿るという考えだったのではないでしょうか。

神々への生贄にする魚などの動物を選ぶとき、その印に片目をつぶしたというのは聞いたことがあります。まもなく別世界へ送り出されてしまうわけですが、その前にからだの一部である目だけ先に送り届けておくということかも。遊牧民の行なった去勢とはだいぶ意味が違います。
イレズミは邪馬台国時代からあったらしいですが、肉体改造というより化粧の一種なんでしょうね。

床屋嫌いの子

1960〜70年代の子供たちの髪型は、男の子でいちばん多かったのが、「坊ちゃん刈り」でした。後ろはバリカンで刈り上げて、前髪は眉の少し上で横にまっすぐ切りそろえる、ちょうど皇太子様や秋篠宮様もそんな感じでした。庶民の子は宮様よりは髪をやや短めにする子が多かったと思いますが、それは床屋に行く回数を減らして床屋代を浮かすためでした。
男の子では、他には、七三に分けたり、スポーツ刈りの子もいました。

女の子で多かったのは、「おかっぱ」というか、ボブヘアでした。あごくらいまでの長さで、ちょうど紀宮様もそんな感じでした。
髪の長い子は三つ編みに編んでおさげにしてました。
「おかっぱ」と同じくらい多かったのが、ショートカットというか、後ろをボーイッシュにカットする髪型で、デビューのころの山口百恵のような感じです。

男の子の坊ちゃん刈りが、一ヶ月くらいたつと、髪が伸びて女の子のショートカットに似てくるわけです。前髪が伸びて眉まで隠れるようになって、この状態で内緒でスカートでもはいてみれば、どう見ても普通の女の子です。だから床屋が嫌いになるわけですよね。

床屋さんで終わった後にくれるチューインガムや飴には、よくだまされたものです。
それでも床屋が嫌いな子のことを、家族はどう思ったのか、床屋で大人が世間話をしている雰囲気が嫌なのだろうとか、どう思ったのかはわかりませんが、バリカンやハサミを買ってきて、ホームバーバーということになってしまいました。なかなか世の中は思うようには行かないものです。

挿し絵画家といえば

日本の詩を唄う美輪明宏さんのCD『日本の詩を唄う』(キングレコード、3000円)。画像はDisc station さんからお借りしました。
林静一の絵がかなり良いです。このジャケットだけでも欲しくなる一枚かも? こういう絵は一種の「昭和ロマン」なのでしょうね。

むかし横浜のある人から手紙をいただいたとき、返信用切手ということで挿し絵画家の蕗谷虹児の『花嫁』の絵の切手をいただいて感激してしまったことを思い出しました。「金襴緞子の帯締めながら♪」という童謡(『花嫁人形』)の作詞をした人でもあるのですね。竹久夢二は男性にも人気がありますが、蕗谷虹児はお嬢さまタイプの人で好きな人が多かったらしいです。中原淳一はもっと大衆的な人気があったと思いますね。

ホームページの表紙の左下に美輪さんをはじめ、いくつかリンクバナーを張ってみました。SEOには発リンクも重要という話もありますので。

ジェンダー・スリップ

HPの鳩子の詩集を見ていると、タイムスリップのようなものがモチーフになっていることが多いことに気づきます。
別々に流れていた二つの時間がどこかで交差するようなもの、一つは明らかに虚構の世界のものかもしれないけれど、そうともいえないような。
そして同じに流れていたと思っていた二つの時間のうち、一つの流れがだんだん遅くなって行ったり、止まってしまったり。

人は生れるとき両性具有で、死ぬときも両性具有なら、途中の年月をスリップすることも可能でしょう。
もともと人は両性の存在であったとしたら、多くの人は片方の性をスリップして生きてしまっていることになります。でもそのようにジェンダーをスリップしてしまうちからが、もともと人に備わっているとしたら、もう一度スリップしなおすことも、できてしまうのでしょうね。

今年は雨が多そうなので、すべらないように注意しましょう。

時間の作り方

自分の自由な時間をどう作るかは、とても切実な問題だという人がいます。

たとえば「もてる男性」というのがいて、仕事がとても忙しいときでもデートの時間は必ず作る男性です。そんな男性がどうやって時間を作るのか、一度聞いてみたいのですが、近くにそういう男性がいませんので、勝手に想像してみます。単なる想像ですのであまり参考にならないでしょうけど。

仕事に集中したあと、パッと気持ちの切り替えができること?。デートの後も同じで、いつまでも甘い余韻に浸っていてはいけません。すぐにハンターのように明日の獲物のことを考えます。

2つのことの並行処理も大事なような気がします。並行処理といってもいろいろあって、楽しかった時間のことを思い浮かべながら今の仕事はそつなくこなすタイプ(私はこのタイプかも?)というのではなくて、次の予定を想像しながら今の仕事をバリバリやってしまうタイプのことです。計画性も大事なのでしょう。こういう人はデートのときも仕事のことをほどほどに考えているのかも。どちらかというとあまりのめりこまないで、デートも仕事の一つみたいな感じ?

計画性と気持ちの切り替えは、大事なんでしょうね。自由な時間が近づくとそわそわしてしまって気持ちが上の空になりすぎると、せっかくの自由な時間も、たいしたこともできずに流れていってしまいます。難しいですね。無計画なところも自由の良さだだなんて、あとでそんな言い訳をしてしまいそうです。

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