トランス巡歴のすすめ

『ためらいの倫理学』(内田樹著・角川文庫)というタイトルにひかれて読んでみました。タイトルにひかれてというのは、一歩手前のためらいのような感覚が私は好きだからです。14番目の月のことかもしれません。でも著者のニュアンスはちょっと違ったみたいです。
面白い本ではあると思います。

「越境・他者・言語」という章がありました。
トランスジェンダーとは性別の越境であるとかよく言われてましたよね。
「古典的な意味でのボーダーラインは消滅しつつある、ソ連の崩壊……云々」。……そういう意味だったのですか。ここはちょっとがっかりかも?。トランスジェンダーの問題は有史以来の問題ですから、そういうことなら安易に「性別の越境」という表現はしないほうが良かったりして。

その章の中に「越境と巡歴」というエッセイがあります。
「どんな冒険も結局いつかは故郷に帰り、既存の話法によって語られるにすぎない」もの、それを「巡歴」と表現しています。
それに対して「越境」とは、故郷を捨てることだそうです。自分を律して、一直線に越えていくというか、到達することは困難だとわかっていても、その地点を夢見ることができない者には耐えられない道だそうです。
トランスセクシャルさんの中には、こういう傾向もあるのかもしれませんね。むかし柔道一直線というマンガもありましたけど。

でもやはり巡歴の旅に出るのが良いと思います。たまに故郷に戻っても良いと思いますし、戻ることのできない巡歴だってあります。それは「越境」とも違って、「さすらい」と言うのかもしれませんが。
出かけるときの「ためらい」ということなら、私はもう出かけてしまっているので、それはもうありません。あらゆる既存の話法を感じ取って、いつのまにかこんなに来ていたんだねとか、なぜ出かけたんだろうかって、旅先から見えたことをインターネットから送信しましょう。

「既存の話法」ということなら、私のあまり好きでないいくつかの語法があります。
「(既存のもの)のコラージュにすぎない」
「ファンタジーでしかない」
「○○神話の崩壊」
このような既存の語法を使っていては、新しいものは見えてこないかもしれなくて。コラージュやファンタジーや神話的なものの向こうに、ほんとうのものが見えるのではと思います。作曲家の人がよく言うには、もうまったく新しいメロディーの創造はありえない、既存のものの組み合わせのようなことしかできないだろうというの。

でもこの本はいろんな内容があってけっこう面白いかもしれません。

Trackbacks

コメント

両国みちる : 2007年4月4日 03:04


確かにモーツアルトがあるんだからもういいじゃないか、ていうのは良く聞く話ですね。
ただやっぱり抑えきれない衝動というか、性(さが)というか。。。
生きてるってそういうもの?
旅に出るのもそういうもの?

鳩子 : 2007年4月6日 10:17

たいしたことないかも
よく考えてみれば、人間はたいしたことなくて、たいした動機ももってないかもしれません、
出かける前の準備のことよりも、旅先での視線で見えるもの?

哲学者が心理学や言語学から最近はコンピュータ理論まで取り入れるのなら、音楽家や芸術家のものを取り入れることもできるのではないかと・・・

さと : 2007年4月8日 02:31

こんばんは^^
ファンタジーやメルフェンの向こうにこそ、鳩子さんの
いうように 本物 が 心を揺さぶるものがあると思うのです・・・。

反対に

固定観念とか 常識 とか。正常とか、既成観念 ・・・こんな
そういう言葉が、私は嫌いです・・・・・

ファンタジーやメルフェンの向こうにこそ、鳩子さんの
いうように 本物 が 心を揺さぶるものがあると思うのです・・・。

鳩子 : 2007年4月8日 18:22

花言葉などの
そういうの、大事だと思います。
固定観念とは違うのですが、
古い花言葉などの、花の固定したイメージというのは、メルヘンに近いものなんですね。その向こうに何かあるんでしょうね。

さと : 2007年4月10日 15:59

花言葉いいですね。
花言葉 は いいですね・・・・

そういう古くから言われてるものって・・・神秘性がありますよね・・・。花言葉でも検索してみたくなりました。

こうやって、楽しいネットの旅が始まるのですね^^

鳩子 : 2007年4月10日 21:14

短い詩
花言葉は、その中に物語があって、
それ一つで、短い詩なんでしょうね。

検索で調べて、自分の感じたイメージと同じようだったときは
不思議なもんだなと思います。イメージが違うときもありますけど^^;

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