3月3日の子供行事

「ひなまつり 起源」を検索したら、群馬県多野郡上野村乙父の「おひながゆ」のことが書かれてるブログが見つかりました。
http://blogs.dion.ne.jp/hon_mono/archives/2915443.html
おひながゆは、月遅れの4月3日の行事で「前日から川原の石で石垣を積み、"お城"を造り、当日朝早くからその中にこたつを運び込み、皆でお粥を炊いて食べるんです。」というお話。男の子も女の子も一緒で楽しそうです。

もっと詳しいページです。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=92729
「毎年4月3日に8歳くらいから中学生くらいまでの男女が川原に集まってシロと呼ばれる石囲いを作り、この一隅に壇を作って雛人形を飾り、石で竈を築いて粥を炊いて食べたり、遊んだりする。この地域ではかつて広く行われていた行事であるが、現在は埼玉県小鹿野町河原沢などにわずかに残るのみとなっている。」

なるほど。でも、「野遊びの行事と雛祭りの行事が結びついたものである」という解説の「雛祭りの行事」が何を意味するのか、先入観は禁物です。女の子限定のひな遊びのほうが起源が古いのかどうか、庶民レベルでは「おひながゆ」のほうが古いような気がします。

Wikipediaの「雛祭り」のページは(現在のところ)雛人形のことしか書かれていません。参考になりません。視覚的な鑑賞物という部分しか見ないのは、今の人のおちいりがちな見方です。こういう傾向については前回記事のコメントでも少し書きました。

平凡社世界大百科では「この日の行事は雛人形を飾り祭るものと,山遊び・磯遊びとに大別できる」(田中宣一)とずばり書かれています。雛人形は室町時代から江戸時代の貴族が起源で、山遊び・磯遊びについての起源は不明のようです。「おひながゆ」のことは書かれていませんが、類似の行事は全国にあったという話です。
やはり女の子だけの雛祭りというのは、庶民のものではなかったというべきでしょう。むしろ子供は両性具有的なものとみられてきた歴史のほうがはるかに長いものがあります。

雛祭りは、「桃の節句」とも言われ、桃の花を飾る旧暦3月3日の行事ですから、桃の花の咲くのを待って今は月遅れの4月に行う地方もかなり多いようです。
4月4日を「おかまの節句」とか「トランスジェンダーの日」としても、4月3日が雛祭りの地方では、ぴんと来ませんから、「両性」の3と5を足して8、8月8日でも良いのではないかと……

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