やおいとオタク

なんとなく杉浦由美子著『腐女子化する世界』という本を読んでみました。
腐女子という言葉について説明しますが、つまり「やおい」とかボーイズラブのコミックや小説が大好きな若い女性たちのことで、自分たちのことを自嘲してそう呼ぶのだそうです。
ボーイズラブというのは、美少年どうしの同性愛のストーリーなのですが、なまなましいものではありません。作り手も女性たちです。
「やおい」は既存のコミックなどの少年キャラクターを組み合わせて二次的なストーリー(同性愛)に作ったもので、同人誌などで出まわっていて人気があるようです。手塚治虫の『バンパイヤ』に登場するロックとトッペイの二人の少年をラブストーリーに描いてる人のサイトで、短いストーリーのものを見たことがありますが、絵柄も手塚調のしっかりしたものでなかなか面白いものでした。

Wikipediaの「やおい」の項目を見ると、社会学者たちのいろんな論説があるようですが、ちょっと的外れな感じのもあるかもしれません。恋愛ストーリーとしては、昭和初期の吉屋信子の少女どうしの友愛物語に感じられる同性愛的なものの系譜にはあるのでしょう。少年と少女は同質のものなのですから、やおいの本質は少年どうしに置き換えただけの「異性愛中心主義」であるか否かとかの論議をしてみてもしかたないでしょう。なまなましさに慣れた大人からは見えないかもしれませんが、思春期の羞恥心はさまざまな迂回路を通って性愛とも違うような表現形態を得てしまいますし、そのときの後ろめたさを和らげるために残りの人生を生きてゆくような、決して消えない記憶のありかたの問題のです。

既製の物語を読んで結末が不満であるとかにこだわるのは女性のほうが多いと思います。「やおい」の語源は「山なし、落ちなし、意味なし」だそうですが、既製の作者が意図した物語の山や谷の地図が、読み手には少し違う地図に見えることはよくありますから、谷が山に見えれば別のストーリーが展開します。同じ地図に見えたら感想も同じになって面白くありません。
腐女子の人たちは、女オタクという認識をされているようですが、男性のオタクと違う点は、孤独に一人だけで楽しむ傾向は少ないような感じ。

で、本のことですが、自分探しとか自己実現とかいって女性誌にあおられて競争するのはもうやめにして、同好の仲間と趣味に生きる(腐女子化する)のが良い、という感じだったでしょうか。それが「落ち」だったと思いますが、そういう「落ち」よりも、心地よく一気に読めるところが魅力の本なのかもしれません。

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コメント

鳩子 : 2007年3月26日 01:49

中公新書ラクレ
れなさんのブログ読みました。
腐女子という表記への違和感が書かれてましたが、それで距離をおいてもらえたら、オタク女性からは願ったり叶ったりなのかもしれませんね。オタク道の男性が、評論家たちのオタク論を痛烈に批判するのと、同じような効果になります。
『腐女子化する世界』は中公新書ラクレの最新刊です。
写真は、セルフの場合、背景の中のどの位置に立つかは注意してますが、あとは何もないです

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